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 円城塔 “Boy's surface”

Boy’s Surface (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)



 数学的恋愛小説。もしくは恋愛的数学小説。全4編から成る。
 小説の形式としては、テクストがテクストを生成するという考え方を中核に据えていて、バルトだとかクリステヴァだとかの間テクスト論を思い起こさせるようなポストモダンの香りが漂っている。特に巻頭の“Boy's surface”は、読者とテクストの相関を字義通りに活かすようなSF的設定に依っていて、読み進めることがまさに、ここでのSF的アイデアである「レフラー球」による実践である、という仕掛けでつくられている。これはひさしぶりに、「おもしろいー!」って思ったアイデアかもしれない。読んでてけっこうわくわくした。
 この作者のデビュー作である黄色い本“Self-Reference ENGINE”が、買ってはみたものの、あまりよくわからなくて.....結局自分のなかで読み通した扱いにはなってたと思うんだけど、やっぱりよくわからないままになっていた、というのと比べると、このピンク(紫?)の本は格段にわかりやすいしおもしろい。短編集だからという理由もあると思う。この短編ですら複雑な構成を敷き尽くしているというのに、黄色い本の方は全編が縦横無尽に絡み合っていて、脳内オンボードメモリの容量が少ない人間には到底ついていけない。ピンクの本の方も単純明快からは遙かに遠いけど、まだしも手頃で理解可能だ。





“Boy's surface
 思ったこと。
 「基盤図形」からレフラー球が生成されていく、というのでなくても、何かの偶発的端緒が自己準拠的に絡み合って接続していくうちにレフラー球の連なる壮大な世界ができていく、っていうのでも良いかもなー。(システムは、自らの作動によって、またそれによってのみ、自己を継続的に産出する。)
 とはいえここでのテーマは端緒がどうとかいうところを焦点としてはいなくて、動き始めたあと、作動の連鎖そのものに向けられている。
 そしてこの自己生成的・自己準拠的・再帰的なテクスト·システムが、独我論*1と結びつけられて、〈彼〉と〈彼女〉の到達し得ない関係を描こうとするのが、あー、もう。そういうの、好きすぎる。語るための道具にSFを用いて、語られるものは恋愛の可能性/不可能性、っていう異種的な組み合わせ。



Goldberg Invariant
 タイトルは、ゴルトベルク変奏曲 Goldberg variations の捩りと思われる。
 設定自体は“ルミナス”っぽいところがあって、数学定理の支配領域を拡張し合って戦う抽象的勢力の話。

「例えば、宇宙の全素粒子数に匹敵する数の火星人の侵略とか。映像化は原理的に不可能ですが、そんな文章を生成することは簡単です。今こうして発話してしまえたことからも自明なように」
「例えば、数学的空間を調査するエージェントの身辺雑記とか。映像化なんてできるはずはないわけですが、テキスト化はこうしてできる。更には新たな数学的真理を持ち帰る可能性だってないわけではないのです」

 この状況を構想した人物である霧島悟桐は失踪。その同僚、そして調査者たるキャサリンシリーズが異なるふたつの立場からの語り手に位置している。
 断章の番号は語り手に関連しているが、同時に、読者が騙られている可能性も示唆されていて、ここでも語り手は曖昧なままだ。



Your Heads Only
 語り手が読者にある要請をおこなう。そのルールに基づき断章が展開される。

チューリング・マシンに突き込まれるチューリング・マシン」
「言ってみれば僕はこうして、愛だの恋だの呼ばれて悦に入っては誰の断りもなく勢力の拡大を続けている計算の方を捻じ曲げて、愛だの恋だの呼ばれるものの、定義の方を書き換えようと試みている。」



Gernsback Intersection
 ヒューゴーガーンズバックを肴にしている点で、ギブスンの“ガーンズバック連続体”を思い出した。
 “クローム襲撃 Burning Chrome”の各タイトルから採られている固有名詞がいくつか出てくるので、どちらかというとガーンズバックではなくギブスンに対するオマージュとして書かれているといえる。
 もっとも、これらに限らず全編通して衒学的に情報が満ちている本ではある。たぶん、もっともっと俺が知らない小ネタが散りばめられてるはず。でもそんなのぜんぜん知らなくても楽しめる書き方にはなっている。



作者インタビュー:
http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/071001.shtml
 ここに載っている、“Boy's surface”と“Your Heads Only”の構想段階で書かれたという図が非常に興味深い。







*1:ここで出てくる独我論はちょっと素朴すぎるもので、書き手が独我論の提起する問題にそれほどの興味を持っていないことが示されているとも思えるが...。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell