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 “借りぐらしのアリエッティ”






借りぐらしのアリエッティ
 監督:米林宏昌, 脚本:宮崎駿・丹羽圭子, 2010







 床下に住んでいる小人たちの物語。
 ジブリならではの丁寧な描写で、小人の目線での世界が表現されている。雨粒の大きさや質感だとか、重なり合った植物、猫やカラスが巨大モンスターであることなど。
 けっこうきれいな世界として描かれてるけど実際はもっと微生物だらけだったりするんじゃないのかなー、とか思ったりしなくはないけれど、小さい種族なりに工夫した昇降装置や、床から机へのクライミング技術、洗濯物干しとか、「もしあるとき突然自分の体が小さくなってしまったらどうやって生き延びるか」というときにも参考になるだろう事柄も、よく考えられている。「家」という見慣れた対象をまったく別様の新鮮な視点で見ることができることも、空間論的な観点からみて興味深い。
 風景の描写だけではなく心理描写も、たとえば目的を遂げることができず失敗して帰ってきたときのがっかりした気持ちなど、抑制的かつ適切に表されていたと思う。



(以下、わりと身も蓋もない考察等。ネタバレ含む。)


 この映画での「小さい人たち」と「大きな人たち」の描かれ方を見てまっさきに思ったのは、前に見かけていろいろ考えさせられた「被害者はいないという大きな男の人たちへ」http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100319/love_sex というエントリのことだった。
 翔という男の子は、アリエッティたち小さい人に理解を示す「味方」として位置付けられているのだけど、その圧倒的な巨大さ自体が、小さい人の視点からすると本能的な恐怖を感じずにはいられない描き方となっている。寝室に響く声の大きさ、服の衣擦れの音、優しく差し伸べられてはいるけれど有無を言わさず迫る手、など。
 そこには、大きい人間の側が意識しない非対称性がある。
 基本的にこの映画は、「もし小さい人間がいた場合、その世界はどのようなものか」ということを細かく描くことから出発している。
 これを「ファンタジー」と呼ぶのがためらわれるのは、徹底されたリアリズムのためだ。映画を見る前は、この種族は妖精のようなものであって、何かしらの魔法の力を持っているのだと思っていた。だけど実際にはまるでそんな要素はなく、何ひとつ便利な能力は持たずただ体が小さいだけの種族で、知恵によって工夫して生きていかなければならない非力な存在にすぎない。
 たぶんこの映画は、もっと徹底してファンタジーにすることだってできたはずだ。「人間には見られてはいけない」というルールは、この映画の場合、現実的な危険という意味から言われているわけだけど、もしこれがもっとファンタジーだったなら、純粋な魔法的制約として課されていたことだと思う。つまり、人間に万が一見られるようなことがない限りにおいて、絶対的な安寧が担保されるように魔法で守られている、というような。*1
 けれどもこの映画は、人間がそのまま小さくなっただけで他に何もないような種族を描いている。ご都合主義的な便利な設定がないという点でみれば、ファンタジーというよりSFといった方がいいぐらいだ。*2
 あまりにもリアリズムをもって描かれているので、小さいこの種族は、シビアな環境のなかにあって将来的な展望の乏しさを必然の帰結として定められてしまっている。彼らがおこなっている「借り暮らし」という生存戦略は、与えられた状況から仕方なく選び出されたものではあるのだろうけど、とても持続可能であるとは思えない。「絶滅が運命付けられている種族」と言われているのも納得してしまう。
 たぶん、「人間に見られてはいけない」ということを続けるのはどこかで行き詰まるはず。彼らが人間と遜色ない知性やコミュニケーション能力を持っていることを考えるならば、現実には、いずれ人間との共存関係を図っていく方向になるだろうな、と思う。たとえば医療や精密手工業といった分野で大きく貢献できることも充分考えられるのだし。*3
 でも、「人間」との間でパワーバランスに圧倒的な非対称性があるとき、「共存」や「相互信頼」というものはそれでも成り立つものなのだろうか? *4
 「共存」といっても、小さい方の種族から見れば、常に暴力の行使によって屈服されるかもしれないという可能性が払拭できない。仮に翔のような理解度のある人間が身近にいたとしても、生き延びるという観点からすると、「その理解者がいつ心変わりするかもしれない」ということのリスクを高く見積もっておかなくてはならないだろう。大きい人間の側が勝手に信頼関係が構築できたと思っていても、小さい人の側には潜在的な恐怖が残るはずなのだ。
 そういう意味でいうと、翔が、病気を患っていて死ぬ危険もあるような男の子である、という設定はなかなか含みを持っている。彼は階段の上り下りすら辛そうなほどに病弱ではあるけれど、それでも、アリエッティをたやすく危機に陥れることができる力を持っているのは確実なのだから。
 そして── 先ほど示したリンク先との関連で言えば、この非対称性は、男女に伴う非対称性にそのまま重なっているものでもあると思う。*5
 「借りぐらしのアリエッティ」は、明確に恋愛映画であるというほどには恋愛関係が発展しないのだけど、こうした意味で考えるとやっぱり、恋愛のかたちが表現されている。





 さて、そういう身も蓋もないことをおいといて、物語について考えるならば、全体としては非常にもやもやした余韻が残ることは否めない。
 まず、小人たちが住めることを願って精巧につくられ代々受け継がれてきたドールハウスが、いかにも最終的にはそこに引っ越して落ち着くんじゃないかと思わせておいて、結局何の役にも立たない(むしろ災厄を引き起こす)、というフラグ破壊的な展開はけっこうびっくりした。*6
 あと、ハルさんに捕まるシーンは、ジブリ映画史上もっとも残酷かつ恐怖を感じさせるシーンになってたと思う。実際、ハルさんはジブリでもきわめて稀な、圧倒的な悪人として描かれている。(ただしもちろん、小さい人の視点で、だけれども。人間としては、きわめて一般的な、どこにでもいる普通の人のはず。このキャラクターが悪人たり得ているのは、それもこれも、非対称性ゆえに、だ。)
 また、「両親が離婚している」「病弱な息子をほとんどほったらかし」っていうのも、ジブリ作品にしてはわりと冷たい設定ではないだろうか。

 そうした流れを踏まえた上で、最後の別れのシーン。
 別れの形見の品をもらって、手術への心構えを新たにする、というそれだけで終わってしまい、クライマックスとしては非常に盛り上がりに欠けるのだけど、その控えめさが、かえって良かった。
 しかも、最後のスピラーとアリエッティのツーショットなんかは、種族状況も併せるとどう考えてもこのふたりが次代を生む組み合わせになるんだろうなぁ……としか思えなかったりして、どうも物語的なカタルシスにつながっていかない。
 あらためて考えてみると、仮にこの映画が恋愛を描いているのだとして、おそろしいほどにシビアな眼で見ていると思う。種族の差異をあっさり乗り越えた「ポニョ」と違い、初めから成就するはずのない関係だったのははっきりしていたのかもしれない。何であれ、「ポニョ」だとか「耳をすませば」みたいな、ハッピーエンドのその後に起こるであろう諸々をすべて括弧に入れてしまっている恋愛的クライマックスとは、すごく対極にある。そもそも恋愛というよりもその手前、互いに理解を進めた、という程度でしかないような気もするし……。*7
 非常に地味ではあるけど見終わったあとにほろ苦い余韻が残り、ジブリブランドの作品としてこれでいいんだろうか?とか、決してパーフェクトなエンターテイメントとは言いがたいかな、とかいう思いもあるけど、それがむしろ俺の好みにはかなり合致していた。








*1:「魔法的」というのは、物語上の論理制約、ということ。

*2:もちろん、生物進化的なことをおいといても、ただ人間をスケールダウンしただけでは物理学的におかしな点が出てくるので、その意味においてはファンタジーではあるのだけども。

*3:翔とアリエッティが協力して隣の部屋に行くところは、相補的な共存の可能性を暗示していると思える。

*4:こうした非対称性というのは、現実の世界の社会問題としてさまざまなかたちで実在すると思う。

*5:このあたり、ちょっと危うい言明かもしれないな……。男女の性間差異よりも、それぞれの性のなかでの差異の方が大きい、というジェンダー論での常識については意識しておかないと。

*6:一方向的な善意の否定か。

*7:どうもいろいろ考えると、「借りぐらしのアリエッティ」は、さまざまな点で「ポニョ」のアンチテーゼの位置にあると整理するのがいいような気がしてきた。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell