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 円城塔 “コルタサル・パス”








 短編。おもしろかった。
 内容をひとことで言うと、現実/虚構という対置を「記述」「観察」という概念で相対化している話。
 今後SFマガジンで連載するシリーズのプロローグとのこと。




用語

コム
 ・計算 computation と情報交流 communication の区別がない
 ・コムは言葉だけじゃなく身振りも伝える
 ・相手が非存在者である可能性 (この可能性は相対的でもある)
 ・多数決で自然法則を決めていくようなゲーム

叙述設定
 ・まるで21世紀の人間が書いたかのような文章を記す演習
 ・見方によっては、叙述設定なる代物はタイムトラベルそのものでさえある

→SFにまつわる文体の問題を戯画化してる。つまり、「遠未来でも人は現在と同じような言葉遣いで会話/思考しているのか」という問題。大抵は「単に現在の言葉に翻訳されているだけ」というスタンスで処理されてるんだろうけど、でもこの作品ではあえて明示的に扱っている。
マイナス法則
 ・マイナス第1法則:虚構が自律する際に利用できるエネルギーは、それを生み出すのに使われたエネルギーを上回らない。
 ・マイナス第2法則:一つの現実から虚構を生み出す以外に他の何の変化も引き起こさないサイクルは存在しない
 ・マイナス第3法則:虚構の階層を定める基準値はない

コルタサル・パス
 ・書物の中の出来事のように観察している
 ・コムの多重利用を使ったトリック
 ・レイヤーの間に何でも好きなものを仕込むことができる
 ・『この宇宙で可能な現象を考えるんじゃなくて、ある現象が可能になるには宇宙の形がどうあるべきかの方を考えた』

人間メッセージ説
 ・識閾外生命探査

矛盾推進
 ・矛盾を先に繰り延べることで進行していく無限に続く言い訳みたいなもの



感想
 文体について、異なるふたつの感想。


1.
 この作品にかぎらないけど、円城塔のこういう「引用源を気にさせられる文章」っていうのが……ちょっと疲れるのは事実。読むにあたって作者と同等の知識を持つことが暗黙に前提/要求されていて、それ以外の読み手が除外される小説、っていう感じがあって。「たまたまこのひとつはわかったけど、他にも自分が知らないまま流してしまっている語がまだあって、そうした“完璧な”読み手でないとこの作品の真のおもしろさは理解できないのかな……?」という思いがちらつく。
 とはいえ「わかる人にはわかる単語」を無意味に潜ませてるのではなくきちんと内容に関係しているし、円城塔のスタイルとして不可欠な文体なのはわかっているけど……
 興ざめにはなるにしても逐条解説のようなものがどこかにあるといいな。


2.

僕は頭の中を通過していく三点リーダーを暫く見送り、


 という文章があって、表現としてとても良いと思った。
 小説というものは「漫画的な表記」をできるだけ使ってほしくないなっていうのをいつも思ってるんだけど(特に擬態語とか)、そういう意味でこの文例はすごく「小説的」で好き。


 沈黙や黙考を

「……」


 と表すのは、「ここに沈黙や黙考がありますよ」という標であって、別にそのような発声が為されたわけではない。――発声しようがないし。
 この「発声しようがない」っていうのは重要で、つまりこういう表記っていうのは書き言葉の物語でしか適用できない。口述される物語では不可能な方法だ。(沈黙を時間的空白で表すことはできるとしても。)
 文学というのは言語を用いた表現分野であるというのはいいとして、同じ「言語」というメディアに依っていても書記物語と口述物語とでは微妙な/もしかしたら大きな差異があるのかもしれない。これは20世紀思想での「書き言葉エクリチュール」と「話し言葉パロール」という対立の話とも少し違うような気もする。もっとテクスト技法の話として。そのような、小説における「発声できない文字」の果たす機能というのは誰が考察してるものだろうか?






SFマガジン2013年4月号収載


S-Fマガジン 2013年 04月号 [雑誌]

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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell