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 イアン・ハッキング “何が社会的に構成されるのか”



“The Social Construction of What?”
 1999
 Ian Hacking

 ISBN:400024159



何が社会的に構成されるのか

何が社会的に構成されるのか







 社会構成主義構築主義とも呼ばれる)とは社会学を中心としたひとつのトレンドで、『一見「客観的」と思われる事物や事柄が、実は、一定の社会のあり方とは独立に実在する対象なのではなく、社会によって構成されたもの(すなわち、構成物)にすぎない、と主張する立場』のこと。(訳者あとがき)
 社会構成主義がもっとも大きな影響力を持った例としては、「ジェンダー」が挙げられる。すなわち、『「男らしさ/女らしさ」というのは生物学的に由来するようなものではなく、社会的に構成されたものである(だから現在言われているようなあり方でなくてもよい)』……というような考え方。このような考え方は、少なくともジェンダーに関しては広く知れ渡り受け入れられるようになってきたと思われる。(法や社会制度が影響を受けるようになってきた程度には。)
 ところが社会構成主義ジェンダーにとどまらずより広範なトピックに領野を広げており、そのなかには一見して賛同しがたいようなもの――たとえば「クォーク」といったものすらもが含まれるようになってきている。
 この本は冒頭、「社会的構成」がタイトルに付けられる文献のリストから始まっていて、社会構成主義という主張が氾濫し、何を言いたいのかよくわからない混乱状態になってきているのでは?という問題意識のもとに書かれている。
 目的はこうした諸主張の状況を整理すること。原題は “The Social Construction of What?” で、著者のこの疑問がそのまま追求されている。社会構成主義は無意味だ、と結論付けようとしているわけではなく、「一回落ち着いて整理しよう」というような。

  • ポイント
    • 社会構成主義はどのような意図を持った主張なのか。
    • 「対象」「観念」を区別することの重要性。
    • 社会構成主義をめぐる論争の裏には、簡単に解消できない古典的哲学対立が隠れている。
    • 行為は行為の記述と関係がある。観念によって記述されることにより、行為者との相互作用・ループ効果が発生する。(:「理解」)


 イアン・ハッキングは、科学哲学を専門とするカナダの哲学者。
 この邦訳では原著のうち第1章〜第5章までが訳出されていて、第6章「兵器研究」・第7章「岩石」・第8章「キャプテン・クックの最後」は収載されていない。
 原著は原題に見られるような口語的な軽い文体で書かれている本らしく、邦訳もそのテイストを意識したとのことで、わりと読みやすい。



[以下、ノート]



はじめに


  • 「社会的構成」:アメリカでのカルチャー・ウォーズにおいてすべての局面に顔を覗かせるキーワード的観念
  • 本書の目的:「社会的構成」という概念の分析。論争の定番といえるいくつかのトピックについて一定の見取り図を描く。



第1章 なぜ「何が」を問うのか


  • 社会構成主義が共通に抱いているテーゼ
    (0) 現状ではXは当然で不可避のように思える。 …… 社会的構成を語ることの前提
    (1) Xは不可避ではない。 …… 社会構成主義の主張の出発点
    (2) Xの現状は悪いものである。
    (3) Xが改善されればわれわれの暮らしは良くなるだろう。
  • 構成されていると言われている事柄には、三つの異なるタイプを区別できる。
    (a)「対象」
     ex. 人々・状態・ふるまい・経験・物質 等々
    (b)「観念」
     通常は公共的な場に登場し、その中で提案されたり、批判されたり、賛同されたり、退けられたりするようなもの。これはわれわれがその言葉を通常用いている仕方に即した理解でもある。観念は常にある特定の社会的な状況の中に置かれている(:「マトリックス」)
    (c)「エレベーター語」
     「真理」「事実」「現実」など。議論の意味論的レベルを上げる役割を果たす語。世界そのもの・世界そのものについて語ったり考えたりしている事柄について主張するために用いられている語。
     ・定義しようとするとたいてい循環に陥る
     ・時代とともに大幅な突然変異的な変化を蒙ってきた
    • 混同されがちな「対象」と「観念」の区別が重要。
      「エレベーター語」は、普遍的な構成主義主張に関係。
  • 社会構成主義へのコミットメントの濃淡
     1 歴史的
     2 アイロニカル
     3 改良主義的 ― 4 仮面はがし的
     5 反抗的
     6 革命的
    • 「仮面はがし」:ある学説の理論を超えた効果を問題にすること。(マンハイム
       →「暴露して批判すること」(:その学説を単に否認すること)とは違う。
  • 二つの問題領域
    • 科学に関する領域:[1]必然性 [2]唯名論/構造内在主義 [3] 安定性
    • 人間に関する領域:「相互作用する種類」( /「無反応な種類」)



第2章 多すぎるメタファー


  • プロセスとしての構成 / プロダクトとしての構成
    • 構成主義者は、プロセスすなわち歴史的要因が偶然的であると示すことで、プロダクトが不可避ではないと論ずる。
      自然科学と異なり社会的な事象の分析については、プロセス/プロダクトの区別は容易。



第3章 自然科学はどうなのか



  • 自然科学に関する根本的な意見の相違(係争点)の吟味
    :「実在論者」と「構成主義者」の解消できない差異(:西洋古来からの哲学的対立点)
  • 科学に関する構成主義を代表するふたつの例
    • ピカリング『クォークを構成する』
    • ラトゥール&ウールガー『実験室の生活――科学的事実の社会的構成』
  • 第1の係争点――偶然性
    • 構成主義者の偶然性テーゼ(ピカリング)
       (a) 物理学の辿ってきた道筋は不可避ではなく、別様でもあり得た。
       (b) オルタナティブ物理学は実際の物理学と等値ではない。
       →物理学者:そんなオルタナティブ物理学なんて具体的に示すことはできないはず。
    • 偶然性テーゼは、どんな形而上学とも形式的に両立可能で、科学的実在論と整合的。
  • 第2の係争点――唯名論
    • 実在論:世界は一定の構造を持っており、われわれはその構造に則って世界を記述している。
    • 唯名論:われわれが世界像の中で描く構造は、世界像の中でのみ成り立つものにすぎない。
      :古典的哲学対立
  • 第3の係争点――安定性の説明
    • マクスウェル方程式に関するワインバーグの言明
       (a) マクスウェル方程式は今後も保持され続けるだろう。
        → 第1係争点「偶然性」・第2係争点「唯名論」には関係ない。第3係争点「安定性」に関わる。
       (b) マクスウェル方程式は実在的なものに対応している。(客観性の主張)
        → (a) に問題はないが、(b) はエレベータ語ゆえに問題をはらむ。
    • ワインバーグの確信:構造内在性テーゼ
      「実在的」とは、マクスウェル方程式が世界の内在的な構造の一部であるということ。
    • 係争点:「経験主義」/「合理主義」という古典的対立
       (a) 構成主義者:自然法則・科学的信念の安定性には外在的な要因(∋ 社会的なもの)が働いている。(ラトゥール)
        ⇄「経験主義」:世界に関する真理はその真理にとって常に外在的で、われわれの経験以上の根拠を持たない。(ライプニッツ
       (b) 構成主義への反対者:科学的発見のプロセスはともかく、科学理論の安定化のプロセスは科学に対し内在的であり、外的要因は働いていない。(ワインバーグ
        ⇄「合理主義」:真理を支える理由はその真理に内在的なものである。(ロック)

 


第4章 狂気――生物学的かあるいは構成されるのか



  • 「社会的に構成されている」と「本当に存在している」の問題
  • 相互作用
    • 人間を分類する仕方は分類される当の人間と相互作用を及ぼす。
      行為は一定の仕方で記述される。行為は記述という形式的側面に関しては、記述の仕方すなわち「観念」に依存している。
      人間が選ぶ行動やあり方は、入手可能な記述から独立ではない。行為はある記述のもとで可能となる。分類というのは、単に言葉の上での操作ではなく、制度・しきたり・他の事物や人々との相互作用の中で遂行される作業である。そしてこのようなマトリックスの中でのみ、人間の「種類」という観念と、そこに分類されかねない人々との間に相互作用が発生する。

      相互作用する種類 / 無反応な種類
      という区別を考えることができる。
  • 社会科学における分類は相互作用的であるが、自然科学の分類や概念はそうではない。
    自然科学:「無反応な種類」を扱う / 社会科学:「相互作用する種類」を扱う
    • 「理解」:社会科学の対象である人間が、自分自身がどう分類されているかを理解し、それに従って自分自身を再考するという仕方という意味での理解。
  • 「相互作用する種類」であると同時に「無反応な種類」である事例:精神障害
     →「本当に存在している」と「構成された」との根本的緊張に関わる事例でもある。
    • ex. 小児自閉症
       ・特定の生物学的病因Pであり「無反応な種類」である と同時に、
       ・自閉症児と相互作用しその変遷と共に発展し変わっていく「相互作用する種類」 である。
    • コミュニケーションに重大な問題を持っている自閉症児であっても、分類は相互作用し得る。分類に対し個人が示す反応だけが相互作用を意味するのではない。
      :分類が集団全体に対して持つ帰結、子供と密に関わる他の人に対して持つ帰結としての相互作用。
  • 「小児自閉症の社会的構成」が語られるとき、社会的構成されるものXの取る値には、
    • 「小児自閉症の観念」「自閉症児という現実の人間」 は入るが、
    • 「神経学的病因P」(=無反応な種類) は入らない。
  • ディレンマ
    • 社会構成主義の語りは、しきたりに対する批判を可能にしてくれる。
    • 他方、生物学的病因(無反応な種類)の研究にも重要性がある。
  • 「社会的に構成されているもの」(「相互作用する種類」「観念」「自閉症児という現実の人間」)と「無反応な種類」(生物学的病因)とを区分するこの整理によってディレンマを減少させ、分類の意味論よりも分類のダイナミズムへと目を向けることができるようになる。(ダイナミズム:相互作用・ループ効果による影響)



第5章 種類の制作――児童虐待の場合



  • 「本当に存在している」「構成されている」とグッドマンの「〈種類〉を制作することによって世界を制作する」(「バージョン」)の概念
    児童虐待はその具体例と捉えることができる。
  • 児童虐待は相互作用する種類である。
    新しい種類が選択されたなら、過去も新しい世界の中に現れることになる。(現在から振り返って再記述される。)
  • ループ効果 分類が効果を強化・発生させる(…ラベリング理論)
    「診断自体がその診断通りの結果を生み出す場合がある」
  • 自己知
    • ある人が自分が子供の時に虐待されていたと見なすようになるとして、それはその者が新しい概念の観点から自身を理解するからである。












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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell