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 ジェラール・ジュネット “フィクションとディクション”



“Fiction et diction”
 1991
 Gérard Genette

 ISBN:4891765372



フィクションとディクション―ジャンル・物語論・文体 (叢書 記号学的実践)

フィクションとディクション―ジャンル・物語論・文体 (叢書 記号学的実践)





 本文のみで 119ページ程度の比較的小さいボリュームの本なんだけど、読むのけっこう難しかった。同じジュネットの本でも『スイユ』なんかは 461ページもあるにもかかわらず読みやすかったのに……。
 『スイユ』にしろ『物語のディスクール』にしろ、具体的な文学作品を例に挙げながらジュネット独自の物語論を展開していく――というスタイルだったのに対して、この『フィクションとディクション』はほとんど文学作品の引用がなく、ただ先行研究を引きながら論点を整理するという素直にアカデミックなスタイルになっている。
 しかもこの本で明解なひとつの結論が提示されるというほどでもないので、すっきりした感覚は残らない。どちらかというと今後の研究を展開するにあたっての必要な途中過程という感じ。でもそれは「物語」という概念を拡張する上での重要な過程として位置付けられる(らしい)



【本書の位置付け】

  • ジュネット『アルシテクスト序説』で未解決だった問題の研究。
    • フィクションとノンフィクションの区別とは何か。物語論のなかで、ノンフィクションが対象外とされてきた問題。
  • 本書『フィクションとディクション』以降、ジュネットの関心は文学からより広い芸術一般へ拡張する。
    • 詩学(文学の理論) から「美学」(芸術一般の理論) への移行。


【本書の目的】

  • 本書では文学性の「体制 régimé」「基準 critèré」「様態 mode」を扱う。
  •  テクストが「文学作品」(=「美的機能を有する言語的対象」) として感知されうるのはいかなる条件のもとでなのか? 


【構成】

  • 第1章
    • 以下ふたつの範疇の交差により、文学性の様態を網羅する一覧表をつくる。
      • 体制の範疇    A1 構成的体制 / A2 条件的体制
      • 経験的基準の範疇 B1 テーマ的 / B2 レーマ的(形式的)
  • 第2章・第3章
    • 文学の様態のうち、対象を「虚構の言説」に絞り込んで扱う。
      • 第2章 … サールに沿って、物語的虚構の言表を言語行為として定義することを試みる。
      • 第3章 … 物語言説の虚構的および事実的な特性が、「時間的進行」「距離・視点」「語りの態」「語り手と作者という二つの審級」とどのような関係を取り結ぶか。
  • 第4章
    • 文体 style アスペクトを研究する。
      • バイイ→フレーゲサルトル→グッドマン
      • 外示 / 例示
      • 言語と文体の関係(言説の「意味論的機能」と「言説の知覚可能性」の両側面の関係)



[以下、ノート]




第1章 フィクションとディクション


【この章の目的】
  テクストを芸術作品たらしめる文学性とは何か?

  • 出発点としての前提:「文学は言葉芸術である」

  • 「口頭の/もしくは書かれたテクストを芸術作品たらしめる文学性とは何か?」
     →二種類の解釈が可能:
    • A1 本質主義的詩学構成主義詩学) :「作品であるテクストとはどんなテクストか?」 :閉ざされた詩学・古典主義的  [普遍的]
    • A2 条件主義的詩学          :「文学とは、どのようなとき文学になるのか?」 :開かれた詩学  [相対的](条件的)
  • 本質主義詩学は、基準の選択に応じて変異形を生じやすい。
     →詩学の歴史は、二つの基準の間で分割されてきた;
    • B1 テーマ的基準
    • B2 形式的基準(レーマ的基準)
  • 本質主義詩学の歴史は、テーマ的基準から形式的基準への移行の歴史。
  • A1 本質主義詩学
    • アリストテレース:虚構性のテーマ的な特徴によって文学を定義する伝統 。通常はコミュニケーションと行為の道具である言語が創造の手段となるのは、言語がミメーシス=「物語」=「虚構」を伝達するとき・つくるときに限られる(だからアリストテレース詩学の領域においては、抒情的・風刺的・教訓的etcの「非虚構的」な詩が排除されている。)
      アリストテレースにとっては、創造(=文学)の様態にはミメーシス的再現(:虚構の様態)しか存在しない。詩人をつくるのは語り方(ディクション)ではなく虚構(フィクション)である。
    • シュレーゲル:抒情詩で表現された感情は、装われたものではない可能性もあるとして、虚構主義的な詩学に異議。→文学における虚構の独占の終了
    • ハンブルガー:アリストテレースに忠実な考えだが、抒情的ジャンルを文学に含めている。しかしこれは言語の状態ではなく言表行為の態度による定義であり、形式的基準にはなっていない。  (【文献】『文学の論理』 Käte Hamburger, Die Logik der Dichtung, 1994 ISBN:4879840645 
    • ヴァレリー:「通常の言語もしくは散文に対する詩の関係は、歩行に対する舞踏の関係に等しい」
    • ヤーコブソン:言語形式の強調。文学性の基準は「詩的機能」である。
  • テーマ的基準も形式的基準も、全領域をカバーすることはできない。
  • A2 条件主義的詩学
    • 条件主義的詩学は主観主義的・趣味的判断であるため、学術的テキストから表明されることはほとんどなかった。(事例と挙げうるのはかろうじて、バルト『テクストの快楽』)
    • テクストの内容・意味よりも形式(テクストが書かれている仕方)を評価。
  • 条件主義的詩学本質主義詩学の領域には拡がり得ない。(叙事詩・悲劇・ソネット・小説は相対的美的評価ではなく固有の特徴(虚構性とか詩的形式とか)によって決まる)
    しかし条件主義的詩学だけが説明できる文学性もある。
    ゆえに 条件主義的詩学本質主義詩学の両方を併用することがのぞましい 

「虚構 fiction の文学」:テーマ的 … 常に構成的(A1)
「語り方 diction の文学」:レーマ的 … 構成的文学性(A1)の語り方と条件的文学性(A2)の語り方に細分可能。

    • グッドマンの用語を用いると、語り方は外示機能と対立するものとしてのテクストの例示能力によって定義される。(→第4章)


第2章 虚構の行為


【この章の目的】
  物語的虚構の言表の境位を言語行為として定義すること。

  • 「虚構の行為」を考えるに当たり、対象を「言語行為としての物語的虚構の言表(物語的虚構の言語行為)」に限定。
    • ここでは、劇的虚構、物語的虚構内の対話体、一人称小説(「等質物語世界的言説」)は除外する。
    • 問題とするのは、作者の言説(つまり物語言説そのもの・作者の語り)。三人称による小説(「異質物語世界的言説+物語世界外的言説」)の語用論的境位を対象とする。
  • サール
      【文献】『表現と意味――言語行為論研究』 John Searle, Expression and Meaning: Studies in the Theory of Speech Acts, 1979 ISBN:4414120543 
    • [x1] 虚構的な言表は、本当の言明の条件を何ひとつ満たしていない。
    • [x2] 虚構の言表は、装われた言明である。
    • [y1] 虚構的な言表は、言明と異なる別の字義的な発話内行為とはみなしえない。
    • [y2] 虚構を書くことは特殊な発話内行為ではない。(単に装われたものにすぎない。)
       [y2-1] 虚構を「装われた言明」と記述するのはより好ましく、明らかに排他的である。
       [y2-2] 虚構の言表はその字義通りの意味しか持たない。
      • ジュネットの反論:虚構の言表は、装われた言明であると同時に他のものでもあり得る。言明をおこなう振りをしながら/振りをすることで虚構を制作する行為を遂行する。
  • では「装われていない原初的状態」とはどのようなものか。(虚構はいつでも、言明の外套を身にまとう。)
    • 発話内的観点からすると、それは行為指令的形式(示唆・依頼・懇願・提案)を取った状態だと記述できる。:創造を促す、言表者の真面目な願望を表す。
      (作者が物語をどう記述するか、ではなく、分析者が物語をどう記述(説明)するか、という視点)
    • だがもっと適切な記述は、依頼よりもむしろ宣言形式
      宣言形式は、相手にあからさまに要求することなく自分の虚構的な対象を差し出すことができる。(あたかも数学の問題での「仮定」のように。)
      行為指令的形式と異なり、自らの発語媒介行為的な行為を前提としている。(そしてその効果はいつでも保証されている。)
    • 一方で、宣言されていない状態こそが物語的虚構の行為の通常の状態:信念表明的形式
  • 「虚構のテクストは装われた言明である」というサールの主張を次のように補完;
     「虚構のテクストは装われた言明であって、それらの言明は間接的言語行為として、真面目な発話内行為である虚構的な言語行為を隠している」
  •  「意図的な虚構の言表は、明示的な虚構の宣言(依頼)を、間接的言語行為あるいは文彩の様態で覆い隠す、真面目でない(非-字義的な)言明である」……と記述できる。


【補足】

    • 虚構の言説は実際のところ、大半が現実から借用されている。虚構の言明がすべて等しく装われたものでないことは明白。
    • 「意図」の問題:相手が解読できなかったという理由で失敗する可能性がある。また、相手がその虚構性を見抜けなかったという意味で、虚構としては失敗する可能性がある。




第3章 虚構的物語言説、事実的物語言説


【この章の目的】
  これまで物語論は、レーマ的物語論であれテーマ的物語論であれ、虚構的物語言説のみを扱い、事実的物語言説を研究してこなかった。(ジュネット自身も然り;『物語のディスクール』)
  そこで、事実的物語言説の分野にも虚構的物語論の成果・方法を適用することを試みる。
  (なお、非物語的虚構(演劇)・非言語的虚構無声映画は対象に入れない。)
  以下、『物語のディスクール』での方法・用語に準則

  • 「順序」
    • ハーンスタイン・スミス:物語言説において、厳密な時間的順序を為す言表は不可能である。
      ジュネット:時間的順序を厳密に守ることはできないという点は考慮に値する。事実的物語言説でも後説法や先説法は可能。
    • ハーンスタイン・スミス:物語内容の順序と物語言説の順序の比較は、先行作品から派生した虚構作品および非虚構作品(歴史的な物語言説)のみで可能。
      ジュネット:事実的物語言説では出来事の順序が他の典拠によって与えられ虚構的物語言説では出来事の順序を原理的に知り得ず錯時法が決定できないなどと言うことはできない。錯時法はどちらのタイプでも、物語言説それ自体によって表明・暗示されており、大差ない。
  • 「速度」
    • 事実的物語言説でも虚構的物語言説でもアプリオリな差はない。
  • 「頻度」
    • 事実的物語言説でも虚構的物語言説でもアプリオリな差はない。

  • 「叙法」
    • ハンブルガーにおける虚構の指標は、作中人物の主観に直接接近するという特徴ゆえに、叙法の項目に集中する。
      • 物語的虚構だけがわれわれを他者の主観に直接接近させてくれる。(動詞・内的独白・自由間接話法 etc)
      • 事実的物語言説は、出典の明示による正当化や、不確実性のしるしによる説明の緩和を必要とするが、一方、小説は「断定」する。
      • 焦点化ゼロの叙法(:古典的な形式)も、全員の思考内容を知っているという点で、事実的物語言説の真実性の義務に違反している。
    • 叙法こそが虚構的/事実的の分岐点。
  • 「態」
    • 作者[A] / 語り手[N] / 作中人物[P]
       A-P:意味論的関係 N-P:統語論的関係 A-N:語用論的関係
      • A-N関係だけが事実的物語言説と虚構的物語言説の差異に関わっているが、しかしそれは明確な指標というまでには至らない。(なぜなら、A-N関係は、文法的に明白なN-P関係や固有名詞的に明白なA-P関係ほどはっきりしているわけではないから)
  • 虚構のあらゆる指標が物語論的な次元に属するわけではない。
    • 虚構のテクストの指標は、たいていパラテクストなどによる。
    • テクスト的指標はテーマ的な場合もあれば(明らかな御伽話など)、文体的な場合もある(自由間接話法)
  •  虚構と非虚構の語りの体制にはアプリオリな違いは存在しない と思われる。
    (叙法の特徴にはその違いが在るように見えるが、現実の実践のなかに反証がいくらでも見出せる)


第4章 文体と意味作用


【この章の目的】
  この章では、「文体」の記号論的な定義を試みる。

  • ギロー
    •  文体とは:言葉の「認知的機能」「意味論的機能」に対立する「表現的機能」である。 
       表現的 / 記述的(:概念的・認知的・意味論的)
  • 対置項はともかく有標項である「文体」の定義はまだ不明瞭。可能な代替案をまず検討;
    • デュフレンヌ :「表現」= 言語学でいうところの「共示 connotation」(=「文体」)
    • ライヘンバッハ:「表現」= 外示 denotation の失敗したもの
  • これらを用いてギローの定義を置き換えると、
    •  文体とは:言説の外示的機能に対立するものとしての共示的機能である。 
       共示 / 外示
      • 記号学における共示/外示の定義(イェルムスレウ→バルト):第一の意味作用を指示(:外示)するやり方から派生・発生する第二の意味作用が、共示。
      • 論理学における共示/外示: 内包 / 外延
        名詞は主語を外示し(外延)、それらの主語に属する性質を共示する(内包)。
  • フレーゲ
    •  意味 sinn / 指示対象(外示対象)Bedeutung
      • 同じひとつの外示対象(= 指示対象)をもつ記号のペアの例 …… 明けの明星・宵の明星:「意味」 / 金星:「外示対象」
        フレーゲにおける「意味」=論理学的な「内包」/ フレーゲにおける「外示対象」=論理学的な「外延」 と同一視できる。
      • しかし、「意味」を「共示」と言い換えた方が自然な情況も存在する。
      • 「内包」は指示された対象に固有のアスペクトをより多く指すのに対し、「共示」は話者の観点をより多く指す。
      • 集合住宅の女性管理人 concierge / bignole このふたつの間の選択が、文体的選択。(ただし「選択」といっても、意識的に為されているとはかぎらない。)
  • サルトル
    •  意味 sens / 意義 signification
      • 略号「XVII」は「ルイ14世の時代」に意義を与える。 … 慣習的・超越的・非内在的な意義を持つ。
      • この時代に発明された「駕籠」はこの時代を喚起するものとして意味を持つ。 … 対象の本質と必然的に(歴史に淵源する関係として)結びついているために内在的な意味を持つ。
        • このふたつは同じ「ルイ14世の時代」を指示対象とする。
        • 「XVII」がより外示的であり、「駕籠」がより共示的(表現的)であるとは言える。
    • 共示対象と外示対象の差異ではなく、共示という行為外示という行為が構成するふたつの意味作用の様態間にある差異とは何か;
      意義を与える「語」/ 意味を成す「物」という表意作用の差異は使われた記号の性質に由来するのではなく、それらの記号に賦与された機能に由来する。
  • フレーゲ/サルトルの分析から得られる命題をもとに、以降、デュフレンヌによる「表現」と「共示」が等価であるという定式は破棄。
  • グッドマン  (← パース記号論(「象徴/指標/図像」)への批判として)
      【文献】『芸術の言語』Nelson Goodman, Languages of Art: An Approach to a Theory of Symbols, 1968 
    •  例示 / 外示
      • 例示:諸属性の所有という観点からの定義。物がそれ自身に属するものを示す様態。
        物は自身以外のあらゆる物を外示あるいは表象できるが、それ自身に属するものしか例示できない。(←パースの「図像」いほぼ相当。)
      • 外示:ある物に言語的その他のラベルを貼ること。(←パースの「象徴」にほぼ相当。)
        これもやはり記号の性質に由来するのではなく、記号の機能に由来する。
    • 隠喩的な例示:仮定的な相同性。一般に「表現」と呼ばれているものに当たる。:文体論が供給していた定義よりもさらに精密かつ包括的な「表現」の定義
      • この定義は、[ 隠喩的に明るい nuit ] には当てはまるが、[ 字義的に短く、したがって短さを「表現」せず単に「例示」しているだけの bref ] には当てはまらない。
        …という意味で精密。
  • グッドマンの「表現」とは例示の隠喩的変異体であるので、ギローの定式化を次のように修正できる;
     文体とは:言説の外示的機能に対立するところの例示的な機能である。 
  • 次に、「共示」をこの概念領域に適合させなければならない;
    • 共示は、外示を担保にした派生価値として生じる。共示は例示がもつさまざまなアスペクトのひとつでしかない。
      一方、例示は外示以外のあらゆる諸価値を、したがってあらゆる文体効果を引き受ける。
  • 以上により、「表現」「共示」は共に「例示」に回収される
  • 文体は、音声的・書字的な(=物理的な)レベル / 直接的な外示関係の言語的レベル / 間接的な外示の文彩的レベル の各レベルにおいて言説が例示する、レーマ的な諸属性の総体にある。
  • グッドマン
    • スタイルとは:ひとつの作品によって例示され、いくつかの作品の意味総体のひとつにその作品を分類することを可能ならしめる特徴
      ジュネット:グッドマンの「スタイル(=文体)」の定義は広すぎて効果が発揮できない。
       文体に固有の特徴とは、言説の対象の属性よりむしろ言説そのものの属性に由来する特徴である、と考えた方がよい。もっと狭い定義が必要。
  • 文体は表現法のレベル・すなわち言語機能のレベルにおいて作用する。
  •  文体とは、条件的な文学性の場である。 
    • いかなるテクストもそれなりの文体を持っている以上、いかなるテクストも事実上文学である。
    • 文体とは、主観的な定義によって美的な判断が下されるひとつのアスペクト
  • 文学に文体が必要不可欠というわけではない。
    • 文学に属するためには、小説でありさえすれば・つまり虚構でありさえすれば十分である。
      詩が詩であるためには、歴史的・文化的に変化する詩的な語り方(ディクション)の基準を満たしていれば十分であるように。
    • 文体は、文学性の最小度を定義する。
    • 言語は常に外示的なものとして理解可能であると同時に例示的なものとして知覚可能。














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―Angela Mitchell