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 East Man “Red, White & Zero” (2018)



Red, White & Zero






 Imaginary Forces と Basic Rhythm という異なるスタイルの活動をおこなってきた Anthony J. Hart が開始する別名義のプロジェクト。活動の起点はむしろ Basic Rhythm より前にあるようだが、アルバムとして音源をリリースするのはこれが初めてとなる。
 それぞれのプロジェクトを整理するなら、Imaginary Forces はインダストリアル/ノイズ、Basic Rhythm はミニマル・アプローチのビート・ミュージック、そしてこの East Man は、アンダーグラウンドMCを参加させたグライムとして区分できる。各プロジェクトの方向性は完全に断絶されてるという感じでもなくて、根底には通じ合うものがあるとは思うけれど、MCをこれほどフィーチャーしたというのは本アルバムの大きな特徴。
 Imaginary Forces と Basic Rhythm を経て今回 East Man のアルバムが出された流れには、グライムというものが複数ジャンルの雑多な混ざり合いとして生まれてきたというUKエレクトロニック・ミュージックの流れをなぞるようなものがある。インストゥルメンタルとしてのダンス・ミュージックのさまざまな試みへラップという要素が加わり、声の持つ身体性・個別性を獲得し、語りによって日常文化・生活へも接続されるという進化。

 これまでのプロジェクトにはなくて今回新たに加わった要素にこそ現時点で本人がやりたいことが最も表れているとするなら、ラップおよびそこから広がる文化的背景といったものこそがそれなのだろう。このことは、『ユニオンジャックに黒はない』の著者ポール・ギルロイをライナーノーツへ起用したこと*1、そして “East Man” というユニット名からもよくわかる。特に “East Man” という語からは、イーストエンド〜ロンドン東部への思い入れが覗える。この言葉はアルバム冒頭 “East Man Theme” のヴォイスサンプルで表明されているし、同じサンプルは Basic Rhythm の 2nd “The Basics” での “E18” でも用いられていた。“East” というとそのままグライムの地域性に結びつけられる語と受け取ってしまうが、必ずしもグライムを直截に表現していない Imaginary Forces の "Low Key Movements" でも曲タイトルに使われていたりして、彼のルーツ・アイデンティティを示すものとして重要な語であることが見て取れる。

 ふたつのプロジェクトで培われてきたビート・ミュージックのさまざまな先鋭性はこのアルバムでも効力を発している。だから音楽ジャンルとして、グライムというものだけに還元されるようなアルバムではない。細緻でコントラスト高めの複雑なビート、密度を絶妙に制御した音響空間は、トラック単独でも充分に存在感を持つ。
 それでも、Irah や Killa P といったグライムMCたちのラップからは、やはり “East” でのより具体的な生が否応なく伝わってくる。M-7 “Drapesing” なんて、もはやラップじゃなく完全にストリートの語りそのまま。このトラックだけノンビートでけっこう異質だけど、アルバムのちょうど中間に配置されていて、構成上も大きな役割を果たしている。
 こうした全体を踏まえて比べると、Basic Rhythm “E18” のヴォイスが言う “Listen” と、このアルバムの “Look & Listen” が放つ “Listen” では、同じ語でも意味合いがまったく変わってくる。“E18” の方は「曲を聞け」という感じだけど、“Look & Listen” の方は「この声を聞け」という意味のものとして。“Red, White & Zero” での言葉は感情・共感を喚起させる道具ではなく、日々の生や思考、立ち位置の表現といったような、つまり語られるべき「内容」を有するもの。
 そして、トラックも決してラップへ奉仕するだけの役割に後退しているわけではない。ふたつはそれぞれを補い合っている。高速で語量の多いラップと、強調されたエレクトロニック・ビートが互いにシンクロして繰り出す圧。結果、ベース/ビート・ミュージックの進行と脈動を感じられるようなアルバムとなっている。

Even without words, this music speaks for itself and tells a story. It calls out to be understood while seeking ways to escape interpretation. ――Paul Gilroy







East Man

Information
  Birth name  Anthony J Hart
  OriginHastings, UK
  Current Location   London, UK
  Born1979
 
Links
  Officialhttp://www.entropyandenergy.com
  Twitterhttps://twitter.com/HiTekSounds
  LabelPlanet Mu  http://planet.mu/releases/red-white-zero/

ASIN:B078X9R35T


*1:Imaginary Forces の "Low Key Movements" でもスチュアート・ホールの言葉が用いられていたりして、以前からカルチュラル・スタディーズへの傾倒があったようだ。






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―Angela Mitchell