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 DJ Nigga Fox “Crânio” (2018)



CRANIO [12 inch Analog]






 アンゴラ出身。内戦に伴いポルトガルに移住し、現在はリスボンに住む。リスボンで活気付くアフリカ系ダンス・ミュージックの旗手のひとりと目され、Warp と契約し EP リリースに至った。もともとリスボンのレーベル “Príncipe” に所属。このレーベルはクドゥーロやバティーダ*1といったアンゴラ発祥のダンス・ミュージックを手がけていて、昨年リリースされた Nídia など、ポルトガル外でも注目されるミュージシャンを輩出している。Warp も以前からこうしたシーンに関心を寄せていて、2015年に 3枚組のコンピレーション “CARGAA” で Nigga Fox も含むバティーダの音源を世に知らしめた。
 バティーダの典型は、シンプルに要素を削ぎ落としてパーカッションを怒濤のごとく繰り出すインストのビート・ミュージック。Nigga Fox のスタイルもバティーダをベースにしているけれど、この EP ではアンゴラパーカッショニストを起用するなど生楽器が大きく用いられていることがポイント。エレクトロニックとオーガニックの両面を持ち合わせつつ、最終的な感触はあくまで硬質で乾いている。激しく明滅するフラッシュライトを思わせるサウンド




取り残された地区の音楽文化
 リスボン郊外のダンス・ミュージック・シーンについては、Resident Advisor の特集記事『リスボンのゲットー・サウンド』がおもしろかった。
 The ghetto sound of Lisbon” by Ryan Keeling [EN], [JP]
 Príncipe の活動を中心にまとめている記事で、音楽文化の発展と都市・社会状況の関わりがよく表れている。
 重要なキーワードは「分離」「孤立」。
 1974年の独裁政権打倒以降、アフリカの旧ポルトガル植民地からの移民流入が巨大な住居需要を発生させ、リスボン郊外に多くの公営団地(“プロジェクト”*2)が建設された。ところがこうした地区には道路や公共交通機関が整備されず、都心部との間だけでなく、地区同士も分断された。孤立した状態は現在も完全には解消されていない。
 Príncipe の創始者 Pedro Gomes は、分断をもたらしたこの都市政策を「ポストコロニアル状況における新たな植民地主義的処置」として批判しているが、そこから旧植民地ルーツの音楽文化コミュニティが醸成されてきたことには肯定的な意義を見出そうとしている。分断が連帯感を強化したという見方だ。たとえばこの地域のDJたちには “-fox” という接尾辞を付けた名を持つ例が多いが、これは現地で最重要DJと広く見なされている DJ Marfox への敬意を示した慣わしだ(ちなみにこのシーンでは自らを “プロデューサー”と名乗る流儀はなく、皆 “DJ” という語を好んでいる)。また、彼らはいずれも自分たちのプロダクションを近傍の仲間とのみで完結させている。他方、地域外のサウンドにほとんど関心を払わない傾向も見られる。こうした状況下、Príncipe がもっとも重要な活動と位置付けるのはパーティの開催だ。記事からは総体としてニューヨークでのヒップホップ黎明期との共通点がいくつか読み取れる。
 取り残された環境下で音楽文化が共同体として機能するという様子が、都市論・社会論的に明確なかたちで表れている事例だと言える。

 Pitchfork にも似たような特集記事があって、やはり郊外の公共交通機関の欠如とそれによる地理的・政治的な分断からシーンを見ている。
 Lisbon's Batida Revolution” by Andy Beta
 付記されるべきこととしては、ポルトガルではメディアも政界も完全に白人のもので、黒人は表に現れず声を奪われている存在だ、というPedro の指摘。
 また、Marfox がポリティカルな自覚を持って活動していると語ってる点も重要だろう。

 リスボン郊外の住居政策と孤立地域に関するさらに専門的な観点だと、都市地理学者 Eduardo Ascensão のインタビュー記事が参考になった。
 Ghosts of Colonialism: An Interview With Eduardo Ascensão” by Sam Backer
 民主化による西欧型福祉国家への志向と財政難、ジェントリフィケーションと移住施策の過程について RA や Pitchfork より詳細な説明を読むことができる。
 ヒップホップやクドゥーロなどリスボンの音楽文化の重要性についても掘り下げられていて、社会状況に変化をもたらす「ポストコロニアル・マヌーヴァ」として捉えられている。文化的混合の興味深い一例としてカーボヴェルデ系のヒップホップ・コレクティヴ T.W.A による “Miraflôr” というアルバムが挙げられており、クレオールでラップされていることの意味合いについて語られている。リスボンディアスポラ・カルチャーが必ずしもアンゴラルーツのものだけに尽くされるわけではないことが感じられる部分でもある。

 リスボン郊外を視覚的に表現したものとしては、ペドロ・コスタが『コロッサル・ユース』で撮っていたのがまさしくこうした地区のひとつだったことが思い出される。
 Colossal Youth (Juventude Em Marcha)”, IMDb
 移民街の住人たちが再開発で公営団地に強制移住させられるという背景で、実際に住む人々を登場させた映画。わかりやすいドラマ性のない非常に観念的な映画ではあるけれど、場所や生活の空気をとても良く伝えていて、リスボンのダンス・ミュージックに対する別の側面からの視角を提供するものとして価値がある。






DJ Nigga Fox

Information
  Birth name  Rogério Brandão
  OriginLuanda, Angola
  Current Location   Lisbon, Portugal
 
Links
  Official
    SoundCloud  https://soundcloud.com/dj-nigga-fox-lx-monke
    Twitterhttps://twitter.com/DJNiggaFox
  LabelWarp  https://warp.net/releases/dj-nigga-fox-cranio-ep/

ASIN:B079M4RNBX


 

*1: 
 同じ語を名義にしたリスボンのミュージシャンもいて紛らわしいが、アンゴラ音楽のジャンル名。もともとはポルトガル語で “Beat” を意味する。

*2: 
 計画だとかイベントのように聞こえる語だけどそうではなく、都市政策として建設された低所得者用の集合住宅を指す(“Housing project”)。ニューヨーク・ブロンクスなどアメリカでもこの種の住居形態は「プロジェクト」と呼ばれている。ウィリアム・ギブスンによるスプロール三部作中の『カウント・ゼロ』でも存在感を持って示されていた語。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell