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 Sylvain Neuvel “Only Human”



“Only Human”
 2018
 Sylvain Neuvel
 ISBN:0718189531



Only Human (The Themis Files)

Only Human (The Themis Files)






 最近のSFは、おもしろそうなのが出たと思って手にとってあとがきを読むと、これは実は三部作の一部なのだみたいなことが書いてあって、微妙な気持ちになることがよくある。(この1巻だけでは内容が完結していないんだという気持ちと、結局最後まで邦訳が出る可能性は必ずしも高くないよな…という思いで。)
 『巨神計画』という邦題で第1巻が出ているこの “テーミス・ファイル” シリーズも、全三部の作品。
 このシリーズに関しては一応、2巻までは邦訳の発売決定に至っているようだ(『巨神覚醒〈上〉』ASIN:4488767036、『巨神覚醒〈下〉』ASIN:4488767044 2018年6月刊行予定)。1巻より2巻の方がおもしろいと思ったのでhttp://d.hatena.ne.jp/LJU/20170520/p2、少なくとも2巻まででも邦訳が出ることになったのは良かったと思う。
 異星技術でつくられた巨大人型兵器が発見されたことに端を発し、世界と人類の命運を決する大事変へ発展していく物語。パシフィック・リムを思わせるようなタンデム操縦のロボットというところが特徴。1巻2巻ともにクリフハンガーで終わり、毎回インフレ度を上げながら続いていく。

 で、3巻。原作が5月に刊行して、これでシリーズ完結。*1
 3巻も2巻同様、前巻から再び9年が経過した後の物語。ただしこの巻では、9年経った後と、それまでの9年間に起こった話とが同時並行で語られる。
 全体的に2巻ほどの激動はない。ただ、今回起こることはこれまでよりも根深い問題。タイトルが示す「人間自身が解決しなければならない問題」というところに焦点が当たっていく。一方で、2巻あたりから強くなってきた「家族のストーリー」という側面も3巻では全面的に出てきている。



 このシリーズの大きな特徴は、会話やインタビューの音声記録をテキストにしたような形態を取っていること。
 単独の人物による日記やレポートの形態を取ったモノローグのパートもあるけれど、多くはただ会話をそのまま文章にしたようなものとなっている。
 モノローグのパートはいわゆる「書簡体小説」に区分してもよいと思うが、会話パートの方は書簡体とは少し違う。内面が描かれず、音声会話という外面のみが描写されるからだ。描写されるのはあくまで台詞だけ。ここには台詞以外のものを描写する「語り」がない。つまり「語り手」がいない。いやもちろん音声会話というのは「語り」ではあるのだけど、「物語」を成り立たせる特別な語り手による語りとは違う。直接話法のみの純粋ミメーシスというような。そのせいで登場人物は饒舌で、状況を台詞で(不自然に)説明したりする傾向がある。
 全体的に、「絵のない漫画」っていう印象を受ける。別にラノベっぽい特徴があるというわけではなくて、ただ漫画から台詞だけ抜き出したような感じがするところが。ト書き的なものもないので、演劇の脚本とも違う。1・2巻には「インタビュアー」という特殊なキャラクターがいて大きな特徴を与えていたけれど、3巻にはこの人物はもう出てこない。
 会話パートだけでなくモノローグパートがときどき出てくるところが重要だと思う。このふたつは補完的に働いている。

    • ノローグのパート … 視点(焦点化):モノローグの主体。主体の内面が描かれる。主体が複数いるので、多元的。
    • 音声会話のパート  … 視点(焦点化):外的。外面しかわからない。内面が描かれない。カメラ・アイ的(台詞のみなのでディクタフォン的というべきか)

 会話パートでも饒舌なキャラクターたちが自身の内面をわりと率直に語ってはいるんだけど、真に内面が描写されているのはやはりモノローグパート。
 また、概して出来事が大きく動くのは会話パート。リアルタイムで生じる物事を逐次的に追うことに適した文体ということなのだろう。

 会話に比重を置いたこの文体が成功しているのかどうかは何とも言えないところはある。でも台詞のリズムは良いし、ウィットにも富んでいておもしろい文章。
 そして、先が気になる展開の持続。これはシリーズ全体で貫徹している。
 実際のところ、全巻読み終わってみて、物語や設定それ自体が決定的に他を圧倒するような魅力があるとはやはり言いがたいのだけど、でもこの「話に引き込む文章」という点は、シリーズ全体での長所だと思う。そしてこれには、ふたつの異なる文体とその構成による制御が効いている。





[以下ネタバレ含む]

  • 「人間たちの問題」が最後うまく解決したと言えるのか、っていうのは微妙かもしれない。また、バーンズとその一族の帰趨についても、うまくやったみたいに描かれているけれど、よく考えるとそれでほんとうに良いのかという感じもある。(パーフィット問題的な意味で)
  • 3巻ではエイリアンの惑星が主な舞台のひとつになっているけれど、これがほとんど刺激がないというのはわりと肩すかし的なところ(作中でも自己言及されている)。いろいろなところが少しずつ違っているけれど、基本的に地球の生活と変わらない。
  • 最終的にヴィンセントとエヴァが主軸となる。
    親子喧嘩が巨大ロボットでおこなわれる、っていうのはまあわりと予測が付くところである。娘を守るためなら何でもする、たとえ無実の人々多数を死に追いやることになっても、と。
    バーンズたちをエクトの手に渡すというローズの選択も、広い意味ではこれと同じものといっていいのかもしれない。
    エクトと地球人の関係も親/子の関係に対比される。(成熟/未成熟、創造/被造)
    親の側も問題を抱えている、という図式。
  • カーラの手紙はよかった。ヴィンセントへの手紙が2巻、エヴァへの手紙が3巻で示されるという出し方もよい。





*1:『巨神計画』『巨神覚醒』と「巨神」を付けた 邦題 が続いてるけど、この最終巻にどういう邦題つけるかは難しそう。普通に付けるなら『人類自身』とか『人類の問題』とかだが……。1・2巻の邦題に揃えるなら、『巨神帰還』あたりだろうか。これなら二重の意味で内容に即している。(3巻原題が “Only human” なので、2巻邦題では「巨神」という語にこだわらず、『軍神降臨』あたりにしておけば3巻邦題は「巨神」という語に制約されずに済んだとも思うが。)






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell