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 谷甲州 “工作艦間宮の戦争”










 航空宇宙軍史シリーズの最新作品。
 『スティクニー備蓄基地』『イカロス軌道』『航空宇宙軍戦略爆撃隊』『亡霊艦隊』『ペルソナの影』『工作艦間宮の戦争』の6作品が収載されている。
 前作『コロンビア・ゼロ』では、外惑星連合軍の奇襲攻撃によって第2次外惑星動乱が始まるまでが語られていた。
 この短編集は開戦後の話となる。劣勢に置かれた航空宇宙軍が反撃に用いた戦略兵器が、全体の主軸を成している。


 ようやく第2次外惑星動乱が始まり、読者としては期待が高まるところ。
 しかしどうも今回のこの本、評判が芳しくない。
 特に、話題になっていたこのレビュー。

 実際に自分の目で確かめる前にネガティヴな意見に引きずられる必要はないのだが、長きに渡る読者としての落胆が率直に綴られているという点で、どうにも軽く流せないレビューだったということ、そして自分としても実は『コロンビア・ゼロ』でかすかに疑問を覚えた個所がいくつかあったこと*1と併せて、不安を持って本編を読むこととなった。
 作品タイトルにも若干の違和感を感じたということにも触れておく。知らずに見かけたら航空宇宙軍史シリーズだと気付かなかったと思う。艦船に和名が付けられているのって、このシリーズでは初めてだという気がする。
 このあたりも、読む前のそこはかとない不安を増やすことにつながっている。





語られ方の変化

 ということで、読み通してみた結果。
 ……たしかに全体的に読みづらいものがあった。
 とはいえ、書かれていることの意味は掴めるし、致命的に論理破綻してるというようなことは感じなかった。(たとえば先述のレビューで例に挙げられている個所も、わかりづらくはあるものの論理的に成り立つ意味は読み取れる*2
 しかし、各話にドラマがなさすぎる。なんというか……オチがない。会話なしでまず背景の説明と状況の説明が延々とあって、最後の方で動きがあったかと思うとそこで唐突に終わる。えっこれでおしまいなの……?という終わりがどの話でも毎度同じ。
 ――いや、これまでの作品も説明文章が主体でドラマ比率が小さい側面はあったのだが、もうちょっとそれなりに起伏があってストーリーラインがあった上で話が閉じられていたと思う。でも……今回の作品では、自然なクロージングという感じはしない……。ドラマがこれから始まるという前にぶつ切りにされているように見えてしまう。
 
 それから、人称の混濁が多くてとてもわかりづらい。
 これはテーマとして意図的におこなわれているところではあるのだろうけど、それにしても。
 自分としては、文章が破綻しているとまでは思わなかったけど、そう断じる人が出てくるのがまったく信じられないとも思わない。
 誰の内面をどの視点から語っているのかが一貫性なく突然変わるところがある。今までのシリーズでは、語りは第三者人称形で基本的に主人公の内面に沿った透明なものだったけれど、本作では視点の唐突な変換が逆に「語りの視点」というものの存在を読み手に意識させる。そしてそれが効果的に作用しているとも言えない。特に『航空宇宙軍戦略爆撃隊』後半部分は語りの混乱が激しく、非常にわかりづらい。
 視点の混濁という手法は『星の墓標』でも用いられていたが、そこでは珍しく一人称の語りが採用されていたこともあって理解しやすかったし、表現手法としても有効に機能していた。しかし今回は、少なからず疑問を感じさせる書き方となっている。
 
 このようにさまざまな個所で躓かされたわけだけど、事前に見た感想による先入観が自分の読みに影響しなかったとは言い切れない。
 でも仮に事前情報を何もなしに読んだとしても、違和感は受けたと思う。その場合おそらくそれを自分の読解力のせいにしていただろうという気はするが……。



物語構造の系譜

 そうしたことすべてを踏まえた上で、これまでの航空宇宙軍史シリーズの読者がそれでもなおこの本を読むべきかどうかというと、やはり読む価値はある。この書では航空宇宙軍の行動原理に関わる重要な議論が展開されているからだ。
 事件・出来事という意味では、それほど大きなことは起こっていない。外宇宙艦隊の艦船を改造した戦略兵器が出てくる程度。戦争の行方を左右しかねないものではあるけれど、作中ではその直接的なインパクト自体には焦点は当たっていない。
 しかしこの戦略兵器「特務艦イカロス42」は、前作『コロンビア・ゼロ』での外惑星連合軍の新型戦闘艦と同様、収載された各短編に共通し背後をつなぎ合わせる接点として意味を持っている。そして、登場人物のなかからもっとも重要な者をひとり挙げるなら、それはイカロス42の艦長である早乙女大尉ということになるだろう。イカロス42による作戦をめぐるこの人物の思考と行動推移、および記憶が攪乱され人格を弄られたという顛末は、物語全体の軸を成す。
 航空宇宙軍史シリーズの魅力は、単に技術的リアリズムと「現場」のドラマという面にとどまらず、航空宇宙軍の根源的ドクトリンとそれへの対抗という基本構図にもあったわけだが、『航空宇宙軍戦略爆撃隊』でのガトー中佐と早乙女大尉の論争はそうした構図の変奏になっている。(ところが前述の通りここは語りが非常にわかりづらいところでもある……。)
 そして彼らの描く戦略に沿って飛ぶイカロス42は、航空宇宙軍側の反撃を担う兵器として各短編の焦点を成し、前作での外惑星連合軍の新型艦が果たした役割へきれいに対置されている。
 
 また、本作品は全体的な違和感にも関わらず、やはり過去の航空宇宙軍史シリーズと同じ特徴を備えているという点は見過ごせないところだ。
 たとえば、閉鎖空間でのモノローグと少人数での切り詰めた会話という特徴。これは6話すべてに共通する。
 リソース不足による諸々の不便という点も、これまで通り作中世界の雰囲気をかたちづくるものとして大きな部分を占めている。老朽化や急拵えの妥協、人材不足。本作では特にこの人材不足という側面が目立って語られている。これは今までのシリーズでも重要な問題のひとつとして扱われており、欠乏しがちな上級士官へのリソース集中が高機能化・長寿命化に結びついていく様子として描かれていた。また長大なタイムスパンでの同一キャラクターの継続というように、物語のあり方にもつなげられている。本作の場合は、もう少し狭い範囲の事柄として描かれ、世代交代とそこに伴われる問題というかたちで表れている。
 このように何かが「限定されている」ということ、とりわけ「閉鎖空間」「少人数」という要素は、宇宙への進出という状況設定から来る必然的な特徴だ。このことが、小説・物語としての本シリーズの特徴を形成している。
 内/外に明確に切り分けられる閉鎖空間で2〜3人の少人数が実務的な会話を交わし、いくつかの異常事態とそれへの対処が描かれる……という共通した物語構造。状況についての登場人物の思考。どのように対応するかという最小限の会話。提案される方策とその吟味、対抗案の表明、選択と実行。
 ――基本的状況設定が小説の展開や文体に直結しているというところにこのシリーズの決定的な特徴があり、それは本作においても変わることなく健在だ。
 
 この状況設定はシリーズ全体の揺るぎようのない前提条件であるから、本作品でも物語構造はやはり同じような形式を見せている。
 ただし本作の各短編は、終わりが唐突だということでこれまで異なる印象を受ける。過去の短編では、語られるべきテーマ、提示されるべき構図といったものがあった上で終わっていた。本作ではそうしたものがほとんどないまま、ひとつかふたつの「進展」「発見」があっただけで終わりを迎えてしまう。
 好意的に見るならば、各短編自体で成り立つのではなく全体を通してテーマや構図が成り立つように書かれているのだ、と受け取ることもできるかもしれないし、実際それこそは早乙女大尉とその戦略に託されている役割なのだとは思うが……どうもその試みが寸分の隙なく成功してるとは感じられなかったというのが正直なところではある。
 ただし、だからといってこの作品が完全に破綻しているとまで言えるかというと、それは言い過ぎだと思う。『工作艦間宮の戦争』は紛れもなく航空宇宙軍史シリーズに連なる作品として成り立っている。これについては自分で読んで確認するしかないだろう。読みづらいのは確かだが、精読の価値がある作品であることは間違いない。







*1:表題作最後でのシュトレム少佐の言動が唐突に感じたこと、『ジュピター・サーカス』での木星の太陽化という記述。ただし『コロンビア・ゼロ』は全体としてはおもしろかったと思っている。

*2:過去の自分に拘るなら昇進はできない / 過去の自分に拘らないなら昇進できる






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell