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ユーン・ハ・リー “ナインフォックスの覚醒”

“Ninefox Gambit”
 2016
 Yoon Ha Lee
 ISBN:4488782019




 世界設定が独特。
 特異な文化・社会形態で宇宙に覇を唱える〈六連合 (Hexarchate)〉。
 その枢要は「暦法」と呼ばれる秩序体系で、成員すべてがこれに服することで物理法則を超えた効果が得られ、超光速航法や種々の殲滅兵器を実現して星間支配を揺るぎないものにしている。
 〈六連合〉はその名の通り六つの「属」から構成されており、得手に応じて戦闘、謀略、教義等が分担されている。
 主人公は戦闘を司る属、〈ケル〉の一人。辺境の要塞が〈六連合〉の秩序に反する異端の勢力に墜ちたことから、攻略作戦を提案して抜擢される。
 その方法は、大虐殺の罪を犯し「亡霊」状態で幽閉されていた伝説的な戦術家を自身に取り憑かせ、奪還軍団の指揮を執らせること。
 かくして主人公は、策謀に長けた属〈シュオス〉の元将軍と二重精神状態となり、強大な艦隊の指揮官として辺境へ向かう──といった物語。


 三部作の第一作目で、シリーズ全体は “Machineries of Empire” と称されている。「帝国の機構」あるいは「帝国の諸勢力」といったところか。ドゥルーズの「帝国機械」を彷彿とさせる感じもある。
 要するに「帝国」というのがキーワードで、暦法の秩序に支配される巨大国家〈六連合〉と、それに対する反抗がシリーズの骨格となっている。

 数学体系で世界を支配する「暦法」なる設定がまず興味を引くところだが、作中ではその詳細にはほとんど踏み入られていない。暦法が生むエキゾチック効果はほとんど魔法と同義で、ハードSFではなくSFファンタジーの作品と捉えた方がいい。
 ただし、だからといってがっかりする必要もなくて、そうした魔術的な技術やガジェット、それらを駆使するために構築された文化様態の描写や語感がこの作品の特長。テーマとしても、このような帝国に求められる社会構造とその葛藤といった方に焦点が向けられている。
 また、精神内に棲まわせたかつての天才司令官/大反逆者に作戦の参謀をさせつつも、自分を何かへ誘導しようとしているその策略にも抗していかなければならないという緊張。あるいは、六属の主要なプレーヤーたち各々の目論見、必ずしも一枚岩ではない軍の動向、敵側の内部事情など。そのようにさまざまな勢力が織り成す駆け引き、暗闘の様相がなかなかに魅力的。
 作品の原題 “Ninefox Gambit” の “Ninefox” というのは、主人公に取り憑くシュオス・ジェダオを示すシンボル「九尾の狐」のこと。つまりタイトルは、ジェダオによる差し手、というような意味で、この第一作目をシンプルに要約している。
 なお、第二作目は “Raven Stratagem”、最終作は “Revenant Gun” というタイトルで刊行済。このままきちんとシリーズを読み通したい──と思わせる第一作だった。


 「暦法」については後続の作品でもう少し解説されるのかもしれないが、一応この作品でも概念上重要と思われることが触れられていて、それは暦法が「信念体系」であるということ。

「ある意味、暦法をめぐる戦いは競合するルール間のゲームであり、それぞれの信念の強さによって支えられる。暦法戦で勝利するにはゲームの仕組み、機能を熟知しなくてはならない」

 こうした記述からも、暦法という設定がハードSF的な数学に依拠しているというより、もっと哲学的・言語的にアプローチされている節が窺える。
 「フォーメーション本能」というものもひとつの核心。


 






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