::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

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エル=モフタール, グラッドストーン “こうしてあなたたちは時間戦争に負ける”

“This Is How You Lose the Time War”
 2019
 Amal El-Mohtar, Max Gladstone
 ISBN:4153350532




 はるかな未来、人類の子孫はふたつの勢力に分かれ、互いの消滅を目指して長い戦争を続けている。
 ふたつの勢力〈エージェンシー〉と〈ガーデン〉はどちらも現在の人類から相当に進化した者たちだが、決定的に異なる技術・社会・思考様式を持っている。簡単に言えば〈エージェンシー〉はメカニカル、〈ガーデン〉はオーガニックといったところ。『翠星のガルガンティア』での「コンチネンタル・ユニオン」と「イボルバー」の対立構図ぐらいの相容れなさがある。
 しかし彼らには共通点もある。それはどちらも時間跳躍技術を持っているということ。彼らの戦いは直接的なものではなく、時間跳躍技術を用いた歴史改変によっておこなわれている。過去の局所へささやかに介入し、連綿と続く因果の流れを変えて、自勢力が勝利する単一の未来を決定づけようというわけだ。
 こうした時間介入工作が相互におこなわれてきた結果、過去の歴史は無数に分岐する並行世界となってしまっている。両者ともまだ完全な勝利には至っていない。

 主人公はふたりいる。〈エージェンシー〉の時間工作員レッドと〈ガーデン〉の時間工作員ブルー。ともに工作員として有能、数々の時間介入を成功させてきた。
 このふたりがある工作地点で互いの存在に気付いたところから物語が始まる。隠密活動中の相手を察知したことで一方が他方へ挑発的な手紙を送ったことがきっかけとなってふたりは互いを好敵手と認め、自身に命じられた工作ミッションのなかで相手を出し抜こうと奮闘しつつも、メッセージを送り合うような関係となっていく。
 となるとその後の展開は概ね予想がつくところ。
 手紙の内容は、相手を煽るようなものから、ちょっとした日常の事柄、そして次第に気づかいへ、最終的には愛の表明へ。こうしたやり取りが続いたあげく、両者の上官がふたりのタイムラインの特別な絡み合いに気付いて、相手を破滅させるような指示をそれぞれに与える。
 ──というのが物語の概要。

 相手への手紙の内容を挟んで物語視点が交互に入れ替わりながら、関係性がゆるやかに変わっていくことが描写される。わかりやすく読みやすく、良い意味で期待通りに展開していく。ハードSFではない。時間跳躍にも科学的理屈はまったく語られず所与の前提として用いられている。あくまでも焦点は、歴史を縦横に飛び回り手紙による時間差でおこなわれるふたりのコミュニケーションにある。
 そのなかでキーワードとなるのが「飢え」という概念であり、そしてプロット上の仕掛けが、各パートの最後にあらわれる謎の存在〈シーカー〉だ。
 これらこそ物語のタイムラインに仕掛けられた伏線。ふたりの生をなぞり直し、最終的な運命を決定して、全体を非常にきれいな構図へまとめている。作品の最も枢要を成す要素と言っていい。時間跳躍SFとしてものすごく斬新というわけではないが、叙述と構成が端麗であるところに独自の価値がある。
 また、あらゆる歴史を旅してきたふたりの工作員が、さまざまな人類文化からの引用を手紙に織り交ぜていくところもこの本の記述が持つ特徴を成している。
 そして、「赤」「青」を呼び合う語彙の豊富なこと。


  • 『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』というタイトル。
    「敗北」を示しているこのフレーズが、誰から誰へ発せられたことばなのかというところが問題。
    これちょっと訳に悩むだろう個所で、現題は “This is how you lose the time war” なので、“you” を単数と取るか複数と取るかで邦題よりも多義性がある。
    何も知らずに本を手に取ったときには「作者から読者へ」と受け取りそうなところ。冒頭を読むと、「レッド/ブルーからそれぞれの相手へ」もしくは「相手側勢力へ」と受け取れる。そして最後まで読むと、「レッド/ブルーから、このふたりを含まない〈エージェンシー〉/〈ガーデン〉へ」として用いられて一気に意味が反転するところが実に良い。

  • スレッド、ブレイド、ストランド。
    Thread, Braid, Strand.
    どれも糸、撚り糸を表す単語。
    時間の因果・歴史の流れを糸と形容し、ふたりのエージェントの固有時間が絡み合って、赤と青の二色が撚り合わされていくという強い視覚的表象を生み出している。




 






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―Angela Mitchell