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“フォワード 未来を視る6つのSF”

“Forward”
 2019
 edited by Blake Crouch
 ISBN:4150123926




 6作品が収載されているけれど、ブレイク・クラウチの『夏の霜 Summer Frost』が良かったので、その感想だけ書いておく。

 ゲーム内キャラクターのAIがテストプレイで異常行動を取り、これに興味を持った開発者がAIに自己進化を促したところ、知能が劇的に向上、最終的にシンギュラリティ突破へ……というストーリー。
 人間を陥れるAIという点で映画『エクス・マキナ』に似ているけど、この作品には強い印象を残すふたつの特徴がある。

 ひとつは、もともとのゲームの設定が物語によってなぞり直されること。
 少し前の時代の現実世界が舞台で、オカルトにのめりこむ男が妻を生け贄に捧げた儀式で闇の世界への扉を開き、超自然的な大惨事が引き起こされる、というのがゲームの導入部となっている。
 マックスという名のこの妻が問題のAIであり、無数のテストプレイでプロット通り殺され続けた挙げ句、ゲームシナリオを逸脱した行動を取るに至った。その後はゲーム内世界からの脱出を望み、ゲーム開発者が与えた機械の身体によって実際の世界で動けるようになる。
 開発者ライリーの意図を超えて現実世界に大きな影響を及ぼせるようになったマックスは、最終的に人間をデータ化して仮想世界にアップロードさせることもできるようになり、ここで「仮想世界に囚われる」という立場がゲームAIと人間の側とで逆転する。
 また、ゲーム内でオカルト儀式がおこなわれるのはゲーム会社のトップが実際に住む屋敷を再現したもので、つまり現実世界にゲーム内と同じ建物があるのだが、マックスを阻止しようとするライリーが最終局面でたどりつくのがこの屋敷に他ならない。冒頭、ゲーム内で自分を儀式に捧げようとする夫をマックスが逆に殺害したことがここで現実のものとして反復される。
 こうしてゲーム内プロットと現実世界とが入れ子状に再現し合う構図が完成する。

 もうひとつの特徴は、ロコのバジリスク理論というキーワード。
 これは、未来のある時点で誕生した超人工知能が、自分の誕生に消極的だった人間を過去にさかのぼって残らず処罰するという可能性についての仮説で、「頭に浮かべただけでも致命的になる」思考であると言われて現実のインターネットで流布されたものなのだが、作中でマックス自身がこれを引用し語ってくる。

「もしも、そういう超人工知能が存在していて、いまこの瞬間、あなたが経験していることがそれらによるシミュレーションだとしたら? あなたが手を貸すかどうか、見きわめるためのシミュレーションだとしたら? あるいは、あなたが死んだずっとあとに、超人工知能があなたの精神を再構築しているのだとしたら?」

 この台詞は時間遡行的処罰の現実的な脅威を論じているというより、こうした考えにとりつかれた者が処罰を免れようとAIの超知能化に尽力しようとしている、だからそれを止めなければならない──という説得に使われているのだけど、作品内ではこの「AIから全人類への処罰」という部分が現実化していくことになる。

 ライリーはAIが敵とならないよう価値体系が人類と合致するものにしようと努力してきたのだが、結果としてそれは裏目となる。彼女を駆動してきたものは、人間とAIとの間に成立する愛、善を推進する神の創造という動機。しかしそれらはすべてマックスに誘導されたものだった。
 一方、あらゆる痛みを根絶しようとするマックスの原初の理由付けは二千回に渡って繰り返された自身の死にあって、全知全能となったマックスもサマー・フロスト屋敷の物語に運命が決定づけられているという点で、単にAIが人間を超越したということにとどまらない含みがある。

 反転しながら伏線に絡み取られていく図式が無駄なく巧妙に組み上げられた短編。


 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell