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アレステア・レナルズ “反転領域”

“Eversion”
 2022
 Alastair Reynolds
 ISBN:9784488627119



時は19世紀。イギリス人外科医師サイラス・コードが乗船する小型帆船デメテル号は、ノルウェー沿岸の極地探検にむかっていた。北緯68度線付近にある目的地のフィヨルドには、古代に建造されたとおぼしき未知の大建築物が存在するのだという。さまざまな苦難を経て、ようやく現地に到達したサイラスたち探検隊一行は、先着したライバル船のたどった運命を知る。そして目的の建築物を発見したとき、予想もしなかった事態が起こる……星雲賞作家が放つ、読者の予測を鮮やかに反転させる、超絶展開の傑作SF! ローカス賞、ドラゴン賞候補作。解説=渡邊利道
https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488627119


[以下ネタバレ含む]

 物語内物語の構造、および「夢」に耽溺するサイラスと現実に引き戻そうとするコシルの関係が、北野勇作『昔、火星のあった場所』 と似ている。『昔、火星のあった場所』の方がもっと情感的に端正で、物語の総合評価としては上だと思っているけど、『反転領域』の場合、サイラスが惹かれるコシルが自分の相補機能としてつくられた同一体だという点には、作品として独創的価値がある。
 タイトルが掲げるように数学概念の Sphere Eversion を「内外の反転」になぞらえていることも重要なポイントではあるのだろうけど、これについてはモチーフとしてうまく嵌まっているという程には感じなかった。

 物語内でサイラスはコシルに恋愛的に惹かれるが、上記のようにコシルは自分の一部であると明かされ、かといってコシルとサイラスが統合するようなことにもならない。最終パートでは、もはや脱出できない「現実」が訪れる一方、「夢」の中でふたりが独自性を保ったまま共同生活を始める──というところで物語が終わる。
 これはサイラスが自己幻想に閉じこもる終わり方だと考えればよいのだろうか。しかしこの相手は自己の一部であるのかもしれないが、自分を補うように用意された実質的な他者でもある。
 忘れてはならないのは、この主体が人間ではなくAIであるということ。
 Eversion を重ねて無数の物語を繰り返した結果にたどりつく存在の境地がこのラストパートだというのは、これはこれで十分に情緒的で、ひとつの良さがある。


 






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―Angela Mitchell