タイトルの「テクストとは何か」という問いは、ポスト構造主義のようなテクストという概念自体についての問いというより、テクストの形而下のありようを考察するもの。
つまり、ある「作品」「著作」といったものが、実際には何を対象としているのか(どの対象範囲を指しているのか)という問いに関わる。たとえば作者本人の書いたものが残っていない古典の場合、今残るさまざまな写本はそれが転写された過程の中で微妙に異なる違いを生んでいる。また近代の作品であれば、出版の過程でいくつもの改訂が重ねられていくことがある。そうしたものの中で何が「正しい」テクストなのか、ということは、特に学術分野で作品を研究する場合、大きな問題となる。
ある作品のテクストが、きっちりと定まっていてその誕生から現在に至るまで完全に静的なものとして存在しれているということはありそうもない──というのは、言われてみれば確かにそのとおり、と思う。日常の中ではそのようなことは気に留めず、手元にある何らかの書籍をひとつの確かな対象として受け取っている。しかし学術的に作品を研究しようというときには、対象の正しいテクストは何かということを見過ごして済ますわけにいかず、そのため、よくよく考えれば難しいこの問題に対する長い考察の歴史がある。
序 編集文献学とは何か 明星聖子
- 編集文献学:特にドイツ語圏と英語圏で近年盛んになった新しい学問分野。(ドイツ語:Editionsphilologie / 英語:Textual scholarship)
- ここでの「編集」は、人文学の研究で使用するテクストを作成することを指す。研究者が編集者となる編集。
- 学術研究は本物のテクスト、正しいテクストに基づいておこなわれなければならない。
では、その正しいテクストとはいったい何か。
- 古代・中世のテクスト … 写本テクスト
- テクストの正しさ・その正統性への信頼がなければそれらの研究はできない。
- オリジナルのテクストは失われているので、オリジナルにできるだけ近いものとして正しいテクストの復元が必要:「テクスト批判」(「本文批判」)(ドイツ語:Textkritik)と呼ばれる、テクストの正統性を保証しテクスト研究を真実探求の学問として成立させるための基本作業。
- 近代のテクスト … 印刷テクスト
- 手書きの原稿 / 印刷テクスト / 雑誌等での初出 / 本となった初版 / 改訂版 ……
- テクストの正統性の根拠とされる「オリジナル」とは何か? また、未完成作品や未公表作品はどう捉えればよいのか?
- テクスト批判という古い作業が、近代になってあたらしいものを対象とし始めてあたらしい理論が必要になり、編集文献学という分野が生まれた。
- その理論はやがて古代や中世のテクストを扱うときにも影響を与えるようになった。
- 20世紀後半の編集文献学の方向性:edition (編集) からdocumentation (ドキュメント) へ。
- そこでの正しさの基準は、資料をいかに忠実にありのまま出すか
- 編集文献学の中心課題:
- 学術研究が基づくテクストとはどうあるべきなのか。〈正しい〉テクストとは何か。
- その正しさを支える信頼はどう形成され保持されるべきか。
- これらは現代社会の広く一般に通じる問題としても敷衍可能:インターネット・SNSの信頼性
Ⅰ 古典とは何か
第1章 西洋古典テクストの伝承と校訂
── プラトン『ポリテイア(国家)』 納富信留
- 古代のテクストは、手書きで写された写本として後世に伝えられた。
この過程では、注意しても、単純な誤写で、元と異なる文字列が書かれてしまうことがある。
- プラトンのテクストも、本人のテクストよりずっと後の世の写本だけが残っている。
現存する一番古い写本もプラトンが書いた時点から優に1300年が過ぎて写された本。
- プラトンのオリジナルのテクストからさまざまな種類の無数の写本による伝承過程:膨大な労力と時間を費やす文化事業
- 活版印刷術によって、そうした伝承過程が量的にも質的にも大きな転換を遂げる。
- 19世紀ドイツで完成した批判的な古典文献学によって、写本の系譜の校合と系統化という課題が解決
- 写本間の関係確定の手法:ラハマン法
- 客観的に写本間の関係(「系統」)を分析することで正しい読みを確定しようとした
- ラハマン法には多くの理想的状況が前提されているが、実際には写本の数が少ない場合や伝承過程が単純でない場合も多く、一定の有効性とともに限界や問題点もある。
- 21世紀初頭に完成したスリングスの版
- 削除を一方的に断定して読者にその判断に従わせるのではなく、自分の校訂見解を本文上で明示したうえで、読者各自で判断させるための工夫。
- 古典文献学は、古代の原著をできるかぎり厳密に復元して、決定した最善のテクストを提示するという目標を持っていたが、スリングスの提示したテクストは、唯一の決定的な文言として読むべきものではなく、異読や間接証言など関連情報を網羅的に示すなかで、読者自身がテクストについて判断すべき原資料集
第2章 著作集編集と「古典」の成立
── ゲーテ『若きウェルテルの悩み』 矢羽々崇
- ゲーテやシラーがドイツ文学史のなかで「古典派」と呼ばれるのは、擬古典主義的だったというだけでなく、19世紀のドイツ国民のアイデンティティや誇りを支える規範的作品だという意識・欲求による。
- 『ウェルテル』のふたつのテクスト:
- ゲーテ著作集:
- 最終校訂完全版 → ヴァイマル版 → 東西ドイツでのゲーテ著作集 → 最近の流れ:フランクフルト版・ミュンヘン版
- 最終校訂完全版では『ウェルテル』は初版ではなく1787年改訂版の方が採用されたが、その校訂はゲーテから一任された古典文献学者ゲットリングがおこない、文言の調整すらされた。
つまり『ウェルテル』に関しては、ゲーテ自身の手が入った1787年改訂版の方が「作家の意志」を反映していることになる。
- 現在のテクスト編集では、『ウェルテル』のふたつのテクスト両方が尊重される。テクストの多様性がわかるかたちでのテクスト編集は、非常に重要。
Ⅱ 聖典とは何か
第3章 聖なるテクストを編集する
── 新約聖書 伊藤博明
- 「新約聖書」は、ひとつの書物ではなく27の文書群に対する総称であり、形式的にも内容的にも異なるタイプの文書の集合体。
- これらはすべてギリシア語(コイネー)で書かれている(旧約聖書はヘブライ語)
- 新約聖書を含むギリシア語写本は約5000点残されている。
最古の写本であっても原テクストが作成・編集されてから200〜300年ほど後のもの。
早くから他の諸言語にも翻訳されるが、ローマ帝国下でラテン語訳が普及。
- 新約聖書はキリスト教信仰の最も根本的な書物というだけでなく、絶対的な超越的存在との直接的な関係を求める点において特異な書物
- 新約聖書といえども他の諸文書と同様にテクスト批判を受ける余地があり、編集文献学の対象となり得る。
- しかし、新約聖書のテクスト批判に関しては、「聖典」としての性格がそのような作業を困難なものとしてきた。
- プロテスタント:
- 1633年に刊行されたエルセヴィルの携帯型ギリシア語聖書:「受容テクスト」としてプロテスタントへ広まっていった
- 19世紀のラハマン(第1章):テクスト批判の方法を厳密に新約聖書にも適用した。
- カトリック:
- 1546年のトレント公会議で初めて協会公認のテクストが確定され、ラテン語による1592年のクレメンス・ウルガタ聖書が新約聖書の唯一のテクストとされて権威が継続したが、20世紀になってウルガタ聖書のテクスト検討がおこなわれるようになった。
- 近代での新約聖書のテクスト批判の歩みは「受容テクスト」への飽くなき挑戦(検討)であり、保守的な神学者たちとの闘いの連続
- 現代のテクスト批判
- 20世紀のテクスト批判を踏まえ現在研究や翻訳に用いられる標準的なギリシア語聖書:『ネストレ=アーラント』
- 多量の情報を持った批判資料欄が設けられ、読者が自らテクスト批判を行うことが可能となっている。
- その一方、オリジナルのテクストではなく後代に付加されたものだと確認されている句(「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」のエピソード)が、これまで教会で長く享受されてきたことを理由に聖書テクスト内に残された。
- しかしテクスト批判の見地からすれば、現代の聖書の一部でもおこなっているように、この句を欄外に配置する方が妥当だったのではないか。
- 聖典に対するテクスト批判は可能なのかという重大な問題提起
- テクスト自体の多様性を新約聖書の中に同等に認めようとすれば、新約聖書は「聖霊の導きで記された唯一無比のテクスト」であるという伝統的・保守的な観点からは批判を受けることだろう。
Ⅲ 作品とは何か
第4章 ヨーロッパ中世の俗語文学
── チョーサー『カンタベリー物語』 松田隆美
- ほとんどの中世文学の場合、作者による決定版と呼べるものが現存しておらず、作者も作品の形成に読者が介入することをより積極的に認めていたと考えられるため、「作者による唯一の決定版」という概念は危ういものとなる。
- 中世ヨーロッパ文学の作品はほとんどの場合、執筆時期と現存する写本の制作時期との間に時間的隔たりがあり、写字生による転写過程でさまざまな齟齬が生じている可能性がある。
- 中世文学作品の校訂では、作者自らが書いた部分と写字生によって変更がなされた部分の識別が必要
- 写本間の影響関係や優劣を検討する方法として19世紀に生まれた中世文学の校訂法の二本柱:
- ラハマン
- 同じ特徴をもつ写本をグループ化し、転写の順序を推理することを提唱(cf. 第1章)
- 系統図に基づく校訂版テクストに再構築:しかしこれは現存するどの写本とも一致しない仮想テクスト
- ベディエ
- ラハマンに対する批判から提唱された代替方法:「最良写本」法
- 精査した写本のなかから最良の写本を1点選んで、それを底本として校訂し、より優れた読みが存在するときにのみ他の写本に言及するという方法
- どちらも作者の原型に最も近いひとつのテクストを最終目標としている点では同じ
- 現在のヨーロッパ中世文学研究は、テクストに積極的にかかわる写字生の活動を重要視。
- 写学生の幅の広い役割を考えると、中世におけるテクストの伝播は、樹形図のような一方向的なものではないもっとダイナミックなものと捉えられる。そこには作者だけに限定されないさまざまな意図が働いていて、すべての写本を単一の作者の意図のもとに構成することは難しい。
- 『カンタベリー物語』:写本群の唯一の系統的起源にある原型のことではなく、むしろ後代に制作されたさまざまに異なる82点の写本の総体であり、写字生も参加して作り上げた文化的産物と考えることができる。
- チョーサー自身、そもそも物語の選択が読者の自由に委ねられていることを強調している。
第5章 可能態としてのテクスト
── ムージル『特性のない男』 北島玲子
- 執筆途中で未完となった小説『特性のない男』
- 作者ローベルト・ムージル:20世紀ドイツ語文学における最も重要な作家のひとり
- 作品とは、作者自身が完結したテクストとして提示したものだけでなく、遺稿のように後世の編集の手が加わることによって初めて作品として読むことが可能となるものもある。
- 作者の死後に始まった『特性のない男』編集の歴史は、さまざまな問題をそのつどあらたに生み出しながら展開されていく。
- ムージルのテクスト編集は従来ひとりの編者が遺稿の管理人との個人的な関係において閉じられた形でおこなわれてきたが、20世紀になって、遺稿を読者や研究者に開かれたものにしなければという動きが起こる。
- 2009年にはその集大成として、遺稿をそのまま提示し、さらにそこから編集された本文を1つの例としてつくり、その両者をハイパーリンクでつなぐ電子版が刊行される。
- 作者が最終的にどのように完成させるつもりであったかを基準にテクストを再構成することはできない。
- とはいえ、テクストを必ずしも作者の意図と結びつける必要はない。テクストは作者の意図を越えたものであり、それゆえにさまざまな解釈を生み出す可能性を孕んでいる。編集の役割は、テクストそのものに語らせ、読み手がさまざまな読みの可能性を引き出すための場を提供することだと考えることもできる。
Ⅳ 上演とは何か
第6章 演劇テクストの作者は誰?
── シェイクスピア『ハムレット』 井出 新
- 版本が複数存在する『ハムレット』
- シェイクスピアの自筆原稿が残っていないので、上演後に出版された印刷本に依拠しているが、版によって内容や量が異なる
- これは劇作家の原稿と演劇興行のあり方に関係しており、印刷本の制作者が異なるだけでなく、上演に至る段階での紆余曲折をテクストに刻み込んでいる手稿台本が印刷本の背後に存在しているからと考えられる
- 『ハムレット』に対するテクスト批評では、それぞれの版本の背後にどのような手稿が存在するかを精査し、いずれかの版本を編集上の底本とする必要がある。
- では底本をどのような基準で選べばよいのか。
- この問題を体系的かつ学問的に検討したのが、20世紀初頭の「新書誌学」
- 作者の自筆原稿こそが真の実在であり、版本は不完全の仮象のテクストにすぎないと考えるイデア主義者と言える
- だがシェイクスピアのテクストは、劇団活動の中で上演や改訂を加えながら完成するものだと考えるならば、作家の「最終的な意図」が反映された「最も信頼できるテクスト」という絶対的基準は崩れる。
- 版本は、絶対的基準に近いかどうかが問われるのではなく、独特で複雑な生成の過程が織り込まれた物証としての個性が問われ始める。つまり版本とは、ある芝居のテクストがそれぞれの環境のもとで徐々に形を変えながら社会化されていくプロセスの一段階を切り取ったユニークな歴史史料だということになる。
第7章 歌劇の「正しい」姿?
── ワーグナー《タンホイザー》 松原良輔
- オペラ芸術における作品とは何をさすのか
- オペラ作品をどのような形で出版すべきか
- 「本文」としてのフル・スコア+本文を確定する際に使用した資料のリスト+批判資料
- ワーグナーのなかで《タンホイザー》ほど複雑な改作の過程をたどった作品は他にない
- スコア初版 → 初演後の版 → 製版スコア初版 → パリ上演に向けた変更 → ウイーン版スコア初版
- モットルによって編集された初期形態「ドレスデン版」と後期形態「パリ版」:このふたつは《タンホイザー》の代表的ヴァージョンとして現在まで広く流通するが、それは作品の成立と変更の過程を正確に反映しているとは言いがたい。
- ナチス時代に「ドイツの巨匠」に祀り上げられた反動で、戦後はワーグナーに異なる向き合い方がなされる。
- 《タンホイザー》についても従来の時代区分の見方を変え、「作者が推敲して練りあげた楽譜を作品の決定的な姿として提示すること」よりも、むしろ「節目節目における上演において立ち現れた作品の姿を楽譜で再現すること」を目指すという姿勢に。
- 「記念碑的傑作の唯一の正しい姿」を求めるあまり排他的権威主義に陥ることは避けなければならないが、作品内容を徹底的に読みこんだうえで、ある段階での作品の姿を「最も妥当なもののひとつ」と判断し、テクスト編集の出発点とするという発想も必要。
Ⅴ 作者とは何か
第8章 モダニズムのテクスト
── フォークナー『響きと怒り』 中谷 崇
- フォークナーのテーマ:奴隷制度・南北戦争・黒人差別 → 南部文学 … 近代の隠蔽された負の側面と向かい合う文学
- フォークナーの連作群は、個々の長編や短編はひとつの文学作品でありながら、「ヨクナパトーファ・サーガ」という巨大な文学世界の一部でもあるというあり方
- 複数の作品が組み合わされて連作を構成し、それがひとつの社会や土地や時空を包括的に捉える試みになるという文学上の方法
- このような文学は、どこからどこまでが1つの「作品」なのか自体が判断の対象になる
- フォークナー作品の研究は、「標準版テクスト」の確定を目指すアングロ・アメリカ系の批評にておこなわれている
- ドイツ系のテクスト編集にくらべて、第三者の検証の入り込む余地が少ない主観的なものであり、他の作家のテクストに対しての応用性が足りない、採用された読みの根拠となる資料がわからない、といった問題がある。
- だが、「近代」と「近代文学」のねじれを体現するフォークナーのテクスト研究をおこなうには、そうした方法ではなく、検証可能で科学的な編集理論こそが必要。
第9章 遺稿編集の問題
── ニーチェ『権力への意志』 トーマス・ペーカー(矢羽々崇訳)
- ニーチェ編集の歴史
- ニーチェの生前
- ニーチェの死後、遺稿にテクスト操作と改竄が為された時期
- 第二次大戦後に批判的な編集作業が始まり、1960年代初めに批判版全集出版でその傾向が明確になって現在まで続く
- ニーチェの仕事の仕方:体系的に段階を追って漸進的に哲学的著作を出していくというものではなく、ありとあらゆる思いつき、引用等をさまざまなノートにさまざまな時期にメモとして書き込んでいた。
- これらのメモは、「複雑な言語マトリクス」と見なすのがもっとも妥当。
終章 テクストとは何か
── カフカの遺稿 明星聖子
- テクストの正しさを問題にするとき、よく判断の根拠とされるのは「作者の意図」だが、この基準はカフカには当てはめることができない。なぜなら、本人によって明言されている意図は、そもそも作品化してはならないというものだから。
- カフカ編集の歴史
- ブロート版:テクスト批判上の数々の問題が繰り返し指摘されてきた
- 批判版カフカ全集:カフカが残したテクストをできるだけ正確に再現しようとした試み
- だが、書き込みがカフカの「意図」を示すものだとなぜ確定的に言えるのか
- 写真版カフカ全集:手稿をそのまま写真で複製した全集
- 写真版での根拠は、意図といった実体のない仮象ではなく、現実に存在しているモノ。実在物をできるかぎり忠実に再現して提示。
- だが、どんなに忠実な複製がどんなメディアで現実化されようが、構造化の過程、編集の過程には、必ず解釈が加えられざるをえない。この解釈をどう正しくおこなえばよいのか、その基準はどこにあるのか、という問題が常につきまとう。
結 テクストを読み解く技法 納富信留
- テクスト成立の三契機
- テクストには成立事情がある
- テクストには異なる種類がある
- テクストは読者が読み解くものである
- 「テクストを疑え!」という編集文献学の心得:
- テクストはそのまま受け取ってはならず、読者として主体的に読み解く必要がある。そこには複数の接し方、読み方の可能性があるが、だからといって相対主義的にどんな読みをしてもかまわないということにはならない。
- 学問的な吟味は、どのテクストがより信頼できるか、それらのテクストの違いは何かを明確に示す。
- 開かれたテクストへの接近を通じて、一定の作法にのっとったもっともな解釈へ進むことが、テクストを読むということ。
- 編集文献学は、アングロ・アメリカ系批評のように「信頼できるテクストの認定」というかたちではなく、読者が主体的にテクストに関わっていくあり方を目指す。
- また、海外で成立したテクストを扱う場合、今までの話題に加えて「翻訳」というやっかいな問題があるが、これは今後の課題。