“Den skyldige”
Director : Gustav Möller
Denmark, 2018
何年か前にちょっと話題になったアメリカの出来事で、ピザの注文を装って緊急通報番号に電話してきたDV被害者にオペレーターが即妙な受け答えをして、事態に対処できた、ということがあった*1。オペレーターは最初イタズラ電話かと思ったけれど、警察に電話していることを加害者に悟られないようにしているのだと察知。ピザ注文の発話に対し「yes/no」で答えられる質問をおこなって状況を把握し、気付かれないよう警官を急行させることに成功した……という話だった。
デンマークのこの映画 “THE GUILTY” も、ちょうどこういった「緊急オペレーターが進行中の犯罪に電話だけで対処する」という状況を描いている。
画面に表れる舞台は警察の緊急コールセンター内だけで完結、電話の向こうの情景はまったく描出されず、ただ通話と漏れ聞こえる音だけで想像するしかない、というワンアイデア/ワンシチュエーションものの映画。
この手の映画って演技や心理描写、展開といったものもそれなりによくできていないと、状況設定の新奇性だけで終わってしまうけど、“THE GUILTY” の場合、主人公の境遇が展開の意外性とうまく絡められていて、深みのある映画になっている。
見る前は、「通話内容だけで状況を察知し犯人の居場所を突き止める」みたいなテクニカルなおもしろさを追求した作品かと思っていた。けれども、前述のピザの実話みたいな機転を効かせたやり取りとか「音」をヒントに場所を特定するといった技巧的側面はそれほどなくて、どちらかというと物語やキャラクターの方を掘り下げた映画だった。
……というかこの主人公、そもそもオペレーターとしてあるいは警察官として、決して完璧な人間ではない。
もちろん根幹には被害者を救おうという行動原理があるし、最初の方はやってることがそれなり有効に機能してるけれど、だんだん疑問を感じるような対応も増えていき、感情的になったり、不適切な言動を取ったりするようになる。知恵を絞って問題解決していく有能な主人公タイプとは違う。
しかし主人公のこの欠点あるいは失敗といったものは、最終的に被害者/加害者を「救う」ことにつながっている。(←ここ、展開の意外性に触れるので含みを持たせた言い方にしているが)
この映画が主として描いているのは、さまざまな「取り返しのつかない行動」だ。
事件対処での主人公の失敗、過去において主人公がおこなったこと、加害者の犯した罪……。
たとえば主人公は途中で自分の過ちを認めようと考えるのだが、協力者である同僚にはもはやその変心は受け入れられない。「もうサインしてしまったんだ!」という憤り。
改心しようとしても取り返しがつかないことがあって、しかしそれでもただしいところへ立ち戻ることはできるのか……というのは、作中でテーマの要となっている。
そして主人公は、電話による声だけでの会話を通じ、この難題を最後の最後に越えることができる。
終幕、主人公が電話をかけようとする相手が誰かは描写されず視聴者に委ねられているのだが、こうした流れでみるならば、相手が誰で何を言おうとしているのかは絞られると思う。
- 限定された舞台ではあるけれど、コールセンターのふたつの部屋の使い分けが物語・心理描写にリンクしている。
複数のオペレーターがいる部屋から、誰もいなくて静かな隣室。さらにそこをブラインドで締め切って完全に声だけしかない状況へ。
その後そこから出てきてふたたび他のオペレーターがいる部屋へと戻ってくる……という一連の場面転換が、状況や心理、物語描写へ作用している。
- 電話だけで成り立つ映画、というと、『オン・ザ・ハイウェイ(“Locke”)』という秀作を思い起こさせる。
あの映画との最大の違いは、こちらの方は「割り込み通話」がないことだ。これ、実際の電話のあり方からすると若干不自然ではある。
『オン・ザ・ハイウェイ』はひっきりなしに割り込みが入ってきて、そのせわしなさがひとつの特徴でもあったけれど、この映画は電話を取り逃したり複数同時にかかってきて対処に困る、みたいなのが起こらない。システム上、割り込みはないのだとしても、電話中に別の回線で主人公宛の電話を受け取る、みたいなのはもっとあってもおかしくないのだが、そのあたりは割り切っている。(一回だけあったかも?)
- 主人公が電話の声と音だけで相手方の状況を想像しているのと一緒で、鑑賞者もまったく同じように電話の先の情景を想像している。
*1:
Woman calls police to order pepperoni pizza story has a surprising ending
https://metro.co.uk/2014/10/24/woman-calls-police-to-order-pepperoni-pizza-story-has-a-surprising-ending-4919024/