
“A House of Dynamite”
Director : Kathryn Bigelow, Writer : Noah Oppenheim
US, 2025
会議室とか司令室とかシチュエーション・ルームを舞台に緊迫の状況が進行するという、自分が大好きなタイプの映画。状況がさまざまな画面に映し出され、事態の進展が逐次報告されて、処理能力の高いエリートたちが対処するけれども解決には至らず緊張が持続する。……こういうのを延々と見ていたい。
監督は『ハート・ロッカー』や『ゼロ・ダーク・サーティ』のキャスリン・ビグロー。
早期警報が鳴り響き、所属不明のICBMが北太平洋上を飛行中であることが知らされる。
過去にもあったミサイル発射実験と思われたが、対象はすぐに米国本土へ向かう弾道に移行。中間段階での迎撃は失敗、軌道解析の結果、程なくシカゴに着弾すると判明。核弾頭であれば1,000万人の命が奪われることになる。
着弾までの約20分、対処にあたる者たちの奮闘と混乱を、異なる視点で3回繰り返して描く。
発射地点がどこだったのか、誰が発射したのか、またその戦略的意図は何なのか、いずれも不明のまま。
国防担当者たちによる短時間の議論では答には到達しない。北朝鮮にはこの事態を引き起こす能力があり得る。だが北朝鮮の攻撃と見せかけたロシアという可能性もある。あるいは中国が持つAIによる発射システムの誤作動かもしれない。何も確定できないまま、中東地域も含めた各潜在敵国の動向は急激にエスカレーションを強める。この後に米国がおこなう反応に備えた防衛行動なのか、または、この機に乗じて米国の弱体化を試みようと動き始めているのか。あるいは、すべてが意図通りであり、シカゴを襲う初弾の後に大規模攻撃を始めようとしているのか。発射が見逃されたこと自体が既に敵のシステム侵入によるものだった可能性も示唆される。つまり、周到に準備された攻撃なのかもしれない。
しかし、ミサイルがターミナル・フェイズに入っても結局何も判明しないまま、残り時間におこなうべき決断が迫る。
統合戦略軍司令官は、ワーストケースが現実のものとなる前に、先手を打って敵国が持つ攻撃能力をすべて無力化する必要があると主張。一方、危機管理副補佐官は、一切報復しないなら降伏と同じではと言う大統領に対し、それを降伏と言うのであれば全面報復は自殺と同じだと答える。
B2ステルス爆撃機、地球規模攻撃軍団、戦略ミサイル原潜がそれぞれ核攻撃準備を完了し発射命令待機。核攻撃決定のプロトコルをすべて終えて、残るは大統領の命令のみ。
この映画は最後の瞬間を描かない。報復と抑制のどちらを判断するのか、決定的な選択を残したまま幕を下ろす。
極限的緊張をよく描いた映画だと思う。特に、誰が発射したか確定できないというのが設定として秀逸。
ただ、現在の米国はここで描かれたようなものとはもはや別の国だという違和感はついてまわる。見終わった者に、地球上に1万発の核兵器が存在する現状に恐怖を感じさせるようつくられているわけだが、現在では、2024年製作時点にスタッフが想像していなかっただろう米国の状況を顧みて、安全保障会議に並ぶであろう面々と核攻撃の最終決断を誰がおこなうことになるかを考えてさらなる戦慄を感じるおまけがついてくることとなる。
もっとも、理性と倫理を備えた大統領であろうとなかろうと、この最終局面に正しい答などはないというのがこの映画が描いていることではある。
問いが突きつきられているのは、1人の最高権限者ではなく数名のNSCメンバーでもなく、全人類の理性と倫理ということになる。
