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 市川春子 “宝石の国”





 アニメをきっかけにして原作の最新巻まで読んだ。原作は8巻まで出てて、佳境に入ってきている。
 漫画版を最初アフタヌーンで見かけたときは絵がわかりづらいと思ってスルーしてたけど、アニメ版見てみたらおもしろかったので、あらためて原作も見たら良さがわかった。原作絵はどうしても動きが把握しがたいところが多々あるけれど、どれも一枚絵イラストとして成り立つような洗練された構図で描かれている。各話の最後は必ず大コマで描かれるのも特徴。台詞や間の取り方にも味がある。また、「宝石」という存在には性別がなく、上半身は少年で下半身は少女をモチーフとしているというのも造形およびジェンダー観としておもしろい。


 作品の魅力は主に次のふたつの軸から来ている。
 ひとつは、主人公が変化していくという点。といっても、成長や心の変遷といったものとは違って、どちらかというと身体的な変化。
 主人公が属する種族は、不老で長命、幾度砕かれても再生するような存在。同じような不死者たちが幾百・幾千年もの時を重ね、狭いコミュニティの中で大きく代わり映えない生活を繰り返している。しかし作中では、紆余曲折により主人公はイレギュラーな変化を蒙り続ける。死なないまま、様態や能力が変わり続けていく。
 主人公がこれほど変化する作品はめずらしい気がする。自然な成長や外観のバリエーションといったものならあるにしても、構成要素や身体組成が変わるというのは。不死種族だからこそ身体の一部が入れ替えられるといったことが可能になっているわけだけど、この「不変であること」と「変化すること」の混交が、物語の大きな骨格を成している。
 もうひとつは、謎解きの物語構造。
 人類の文明が滅びた世界で、見た目は人のようだがまったく異なる種族が住み、正体不明の敵が襲いかかる日々。なぜこのような種族が生まれたのか、敵の目的は何か、この世界の背後にはどのような理由が隠されているのか。敵、秘密、伝承、忘却といった事柄を織り成しながら、探求の物語が綴られる。
 謎を秘めたこの世界は、独特の雰囲気を醸し出している。ひとつの島、ひとつの建物しかない物寂しい景観。文化の絢爛もなく、同じような日々と季節が繰り返される生活。キャラクターたちのやり取りにはユーモアがあふれているけれど、総体として憂いや倦怠、哀愁といったものを感じずにはいられない。こうした雰囲気のすべてが、解かれるべき対象として広がっている。

 このふたつの軸は表裏一体でもあり、これまでの変わることのない生活と、謎が明かされていく過程とが絡み合って、主人公の変化に呼応している。
 主人公が変わり続けていく果てにそれでも変わらず残るものがあるのかどうか、というところが今後問われていくことになるはずで、原作はおそらくかなり結末に近付きつつあるけれど、まだ全貌は見えてきていない。






アニメ版



 全面的に3DCGで制作されている。
 宝石たちは頭部以外は同一の3Dデータが使われているらしいけど、単に省力化というだけでなく、宝石たちが同じ身体形状を持っているという原作の設定とも合致していたりする*1
 フルカラーで、光彩の表現がしやすいというのはアニメの利点。光を引いて走るシーンとかダイヤモンドの髪とか。(アニメキャラ一般でよくある「髪の色が多彩」というのが、この作品だと宝石の設定から自然に導かれる。)

 声優についても特筆すべきところ。
 とくにフォス役の黒沢ともよ。非常に個性的ではあっても必ずしも技能的な声優だとは今のところ思っていないんだけど、でもフォスを演じるのにはこの上なく適している。

 シリーズ構成については、原作未完状態で仕方ないとはいえ、かなり中途半端なところで終了となったことは否めない。もう少しで原作が完結すれば、それをもって2期がつくられるだろうとは思うけれども……。

 OPの映像と曲も良かった。作詞作曲はハイスイノナサの照井順政。






漫画版


宝石の国(1) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(2) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(3) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(4) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(5) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(6) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(7) (アフタヌーンコミックス) 宝石の国(8) (アフタヌーンコミックス)



8巻の感想
 話が大きく進んだこともあり、全体的に良かった。
 絵としても印象に残るものが多かった。たとえば月の都市の見開きのシーン。

 この巻でかなり明らかになったところがある。
 すべての謎の答が明らかにされたかどうかはわからない。月人が言っていることに虚偽もしくは陥穽がある可能性も示唆されている。
 とはいえ「祈るための機械」というのは納得いくし、全体の枢要を成す設定にはふさわしい。よく考えられた物語だと思う。



不死と変化、およびアイデンティティについて
 砕かれても破片をすべて集めれば元に戻せる。体を失うとその分だけ記憶も失われる。
 主人公は異なる素材の融合に適した特性を持つため、失った体を別の素材で補うことができている。そうした補填を何度かおこなった結果、今では体の過半が元の自分以外の組成へ入れ替わった状態になっている。
 つまり主人公の身体変化の段階すべてで、他者・外部が関わっているということになる。他種族(貝殻とアゲート)、他の鉱物(金と白金)、同族の他者(ラピス・ラズリ)、他種族のテクノロジー(真珠)。これらが仏教の「七宝」に沿っているという指摘をいろいろ見かけるけど、たぶんその通りだと思う。

 身体的変遷を通して、外観も能力も変わっている。1巻と8巻のフォスを見比べたとき、知らなければ同じキャラクターだとはとても思わないだろう。
 内面も変化している。記憶が失われているし、性格も同じようでいてやはり変わっている。
 では変わっていないところは?
 他の宝石たちには、見た目は変わってもやっぱりフォス、みたいに言われていたりする。読者から見てもそう思える。
 ……でもほんとうにそうなのか。この場合に維持されている同一性とは何なのか。
 特に、ラピスが補完された後のフォス。口調や態度なんかは以前とあまり変わっていないようなところもある。だけど実は変わっていないのはそれだけだったりするなんてことはないのか。たとえば性格は? 今でもシンシャのことは気にしているという点は変わっていないっぽい。でも先生に対する感情はもう変わってしまっている。
 ラピスの知性が加わったことも大きく影響している。思考の速度や質が変わる。情報取得量と知覚範囲が変わる。
 組成配分から言っても、今のフォスが人格としても最初のフォスから半分以上違ったものになっているということは確かだと思う。かろうじて自我の同一性は保たれているとして、しかしフィクションにおいてそれに何の意味があるというのか。
 宝石たちとインクルージョンの関係もよくわからないものがある。「私たちとインクルージョン」とはっきり区別されている以上は別のものなのだろうけど、宝石たちの精神がどこに基盤を置いているのかは微妙。宝石には内臓器官といったものはなさそうで、宝石の精神を駆動させているのはインクルージョン? 宝石たちとインクルージョンの関係は、脳神経とその活動様態を本質として人間の精神や自我を幻と捉えるような考え方を象徴的に表現している気もする。
 髪型も何度か変わっているのはポイント。
 アンタークのエピソードのあと自分からショートにしてるし、ラピスを取り込んだあともレッドベリルに髪型を変えられてる。
 髪は肉体の一部であるとはいえ、記憶含有量もインクルージョンも少ないとされているし、髪型を変えても組成や性質には大きく影響しないはず。ではそれが変わることは何を示すのか。
 通常の物語だったら髪型の変化は内面の変化を示す指標になる。でもこの物語の場合、体の組成が劇的に変わるという設定が髪型程度の変化なんて超えてしまう。
 服が変わることと似たようなものなのだろうか。現実世界なら髪や服を変えることは社会生活上で意味があるけれど、この作品世界では髪型はほとんど変わらないし、服も睡眠や冬眠といった定型的な状況を除いてあまり変わらない。一方、月人のエクメアは何度も外見を変えるというように対比される。そうしたなかでフォスが髪型を二度変え、月で服を変えたことは際立っている。

 変化し続けるフォスというキャラクターを成り立たせるもののなかで最も重要な項目を挙げるなら、それはシンシャおよび先生との関係。
 アンタークやゴーストには後悔の念がたびたび向けられているけれど、シンシャと先生に対してはもっと異なる特別な感情が継続して示されている。このふたりは変化し続けるフォスと対照的に不動。そうであるからこそフォスのアイデンティティが辛くも維持されているというのはあるかもしれない。







 

*1:JDNインタビュー フルCGアニメーションの限界に挑戦!TVアニメ『宝石の国』スタッフが語る、かつてない意欲作ができ上がるまで https://www.japandesign.ne.jp/interview/land-of-the-lustrous-1/






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell