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ユーン・ハ・リー “レイヴンの奸計”

“Raven Stratagem”
 2017
 Yoon Ha Lee
 ISBN:4488782027




 三部作 “Machineries of Empire” の第二巻。
 舞台は〈六連合〉という名の恒星間国家が支配する宇宙。その名の通り、能力特性で区分された六つの〈属〉が複雑で繊細なバランスのもとに共同統治している。この巨大国家の秩序の源は〈暦法〉と呼ばれる数学体系で、時間と信念を介して社会を統制するのみならず、物理学を超越したさまざまな魔術的効果を生み出し、広範で連綿たる覇権を可能としていた。
 主人公は、戦闘を司る属〈ケル〉のひとりであり数学者でもあるチェリス。〈六連合〉を脅かす異端勢力を迎撃するために、大罪を犯し肉体を失った状態で幽閉されていた軍事的天才ジェダオをよみがえらせることを発案。ジェダオを自分の精神にとりつかせ、軍団の司令官として作戦に赴く。──というのが前作 “ナインフォックスの覚醒”(see. https://lju.hatenablog.com/entry/2020/04/26/214736の導入部。ジェダオ/チェリスの真の目的が〈六連合〉の非道な専制を打倒することであると判明して第一巻は終わる。
 続く第二巻であるこの “レイヴンの奸計” では、ジェダオがケルの一軍団を乗っ取り、異端勢力と戦いながらも、他方で〈六連合〉を根幹からつくり変えるあらたな〈暦法〉を発動させようとする過程が描かれる。対する〈六連合〉側は、謀略を司る属〈シュオス〉の総裁を始め、諸勢力が反逆者ジェダオを始末するためにさまざまな策を講じていく。

 自由/抑圧という主軸テーマのなかで象徴的な設定となっているのが、ケルに課された「フォーメーション本能」というもの。これは上官の命令を絶対とするよう注入された行動規範で、暦法により超常効果を生み出すための信念体系と説明されている。この本能に翻弄されるケルたちが、ストーリー上で大きなウェイトを持っている。司令官が連合に反旗を翻したことで葛藤するキルエヴ、落伍者扱いされるゆえに反逆者討伐に身を捧げるブレザン。彼らの帰趨が、意図の読めないジェダオ/チェリスの行動と絡み合い、物語を進展させる。
 片や連合側は、策謀の塊ともいえるシュオスの総裁ミコデズが主要人物に置かれていて、楽しむごとく他の総裁たちと駆け引きを繰り広げながら反逆集団へ対応する描写が精彩を放つ。そして技術を司る〈ニライ〉の元総裁クジェンは、表舞台から姿を消しつつ、不死と亡霊憑依の秘密を握りながら何かを画策している。
 前作と比べると各キャラクターがより掘り下げられていて、群像劇の様相が増している。強大な支配者と堅牢な体系から成る「帝国」とそれに逆らう反抗の試みというのが物語の基本的な構図。その中心には数学の天才と軍略の天才が融合した人物がいて、読み手はその自我と真意が掴めぬまま、他の登場人物同様に翻弄されていく。


 この作品世界では〈暦法体系〉なるものが根幹的設定に位置付けられているのだが、前作でも本作でもはっきりした科学的説明はない。なんとなくイーガンの『ルミナス』『暗黒整数』のように物理法則を左右し得る数学体系というイメージなのかなと思いつつも、一方で「暦」というところが実は重要なのかもしれない。つまり、社会生活への関わり、行動統制といった面。説明なく登場する「不忘日の儀式的拷問」などというものも、物理現象というより社会的作用を強く示唆している。人々の「信念」および認識の枠組みへ介入することで宇宙のありかたへ介入する……といったものなのだろうか。
 物語の読解上は、数学体系というより「社会規範体系」と言い換えた方が理解しやすい気がする。

 その他のテクノロジーも独特。宇宙船として用いられているヴォイドモスは、恒星間知的生物を改造したものらしい。
 文化・社会の様相にも全体的に華やかさがあり、解像度の高い描写によって異色のSF世界が生み出されている。



用語対訳メモ

  • 六連合 Hexarchate
  • 暦法体系 Calendrical Mechanics
  • 信念体系 Consensus Mechanics
  • 属 Faction
  • フォーメーション本能 Formation Instinct
  • モス駆動 Mothdrive
  • スワンノット群 Swanknot Swarm
  • 歯車2 Deuce of Gears
  • 僕扶 Servitors

 






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