“Artemis” “アルテミス”
2017
Andy Weir アンディ・ウィアー
ISBN:B06Y55SB48
- 作者: Andy Weir
- 出版社/メーカー: Broadway Books
- 発売日: 2017/11/14
- メディア: Kindle版
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『火星の人』の著者アンディ・ウィアーによる最新作品。
舞台は月。宇宙開発が今より多少進み、月面の人工都市「アルテミス」に二千人ほどが居住している時代、月で育ち運び屋として働く女性を主人公に綴られる物語。
前作の続編ではなくてまったく新しい話だけど、雰囲気としては似たところもある。科学技術の精確な描写や一人称文体の軽妙な語り口、次々襲いかかる危機を機転によって打破していく繰り返しなど、『火星の人』の特長を受け継ぎつつ、『火星の人』になかった新たな側面も加わっている。前作が基本的に火星でたったひとり奮闘する主人公を追っていたのに対して、今作は主人公とその他複数のキャラクターで物語が進行し、テーマとしても家族や友人といった人間関係がひとつの焦点。『火星の人』ではサバイバルという単純な目的が物語の軸だったけれど、『アルテミス』は貧困から脱しようともがく主人公が犯罪や陰謀に巻き込まれていく過程を描き、ミステリーやスリラーといった形式が入り込んで物語にも奥行きが出ている。
キャラクター
主人公は理知的、科学知識に通じその運用能力も豊富、にもかかわらず才を活かす方向に進もうとせず、脱法も厭わずに大金獲得を追求、でも動機の根源には過去の出来事との関係や家族への情といったものがある……というように、きちんと人物造形をおこなって物語を描こうという姿勢がこの小説にはある。こうしたところはデビュー作で大きく欠けていた部分であり、今回、作家としてのはっきりした進歩が見て取れる。
主人公を含め、民族/宗教/性認識/経済レベル/身体障害…など、全体として意図的に多様性をもってキャラクターが配されている点も特徴。メールだけでやり取りがおこなわれる人物もいて、過去からさかのぼり次第に現時点の物語へ絡んでくるところなど、構成にも工夫がある。
いずれも独白や会話は常にリズミカルかつユーモラス、読みやすくも引き込まれる文章でページを繰らせる。
描写
月面の低重力という特殊な環境での生活や建造物、産業などが、科学的な説得力で示される。
外殻の組成やエアロックの作動様態といった都市の基本構造。輸入可能質量が事実上の貨幣単価になる経済。アルミ産業が酸素を生み、生存に供するのみならず月面のシリコンとともに今度はガラス産業を成り立たせる、といった化学的プロセスと産業の関係。さらには気圧がもたらすコーヒーの味への影響まで。
……必ずしも華々しく煌めいた未来像とは言いがたいけれど、あり得る将来の精彩な提示。
月面都市の描写だけでなく、主人公がめぐらす策もまた科学技術に沿って展開される。化学や物理学に即して講じられた目論見が、でも思わぬ化学・物理過程で失敗に直面する、という流れがある。特に、終盤の侵入シーンから連続する危機推移の緊張感は、まさしくアンディ・ウィアーの真骨頂。
実写表現にも向いている内容だと思う。実際、映画化も既に決定しているらしい。この物語の場合、主人公のキャラクターが特に重要なので、うまく配役されることを期待している。