::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

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 スタンダール “赤と黒”(1830)


“LE ROUGE ET LE NOIR
 1830
 Stendhal
 ASIN:4102008039 / ASIN:4102008047


[登場人物]
(恋人たち)
・ジュリヤン・ソレル : 下層階級出身。田舎町の製材屋の虚弱な末っ子だったが、野心を持ち、町長レーナルの子供の家庭教師から神学校生徒を経て、やがて侯爵の秘書へと出世していく。上流階級を憎悪している。
・レーナル夫人 : 中産階級。田舎の夫人。子供思いで、貞淑。信心深い。
・マチルド : 上流階級。ラ・モール侯爵令嬢。才気に満ち虚栄心が強く、パリでの上流社会の生活を退屈だと感じている。誇り高い。
(庇護者たち)
・シェラン司祭 : 善良。子供の頃のジュリヤンにラテン語を教えた。
・ピラール神父 : 神学校の校長。シェラン司祭の紹介によりジュリヤンを預かる。厳格な性格だがやがてジュリヤンを父としてのごとくに愛するようになり、ラ・モール侯爵の秘書へとジュリヤンを推薦する。
・ラ・モール侯爵 : パリの大貴族。ジュリヤンの才能を高く買い、なくてはならない秘書として重宝し信頼していくようになる。


[概要]
 ジュリヤン・ソレルの出世物語および恋愛遍歴。
 小説の舞台となる時期が、フローベール感情教育”と遠くない時期ということもあり、つい比較してしまう。ふたりの対照的な女性(既婚者/独身者、聖/俗、心の恋/理性の恋)。恋愛相手は、まず前者を経てから後者へ。上流階級への出世を目指す若い主人公。プロットも似ているような気がする。この時代って、こういうモチーフが多かったのかな。
 フレデリックよりもジュリヤン・ソレルの方が出自が貧しいので、成り上がりぶりが激しい。でもとくにあくどいことをやってるわけでもないし、天性の才気を活かしているというよりも、実際はよき理解者・後ろ盾との出会いの方が出世に対する直接の要因となっている。策略をめぐらせて成り上がっていくのではなく、彼の心の奥底にある素直さと、純粋な慕情が庇護者たちに認められることで、段階的に上昇していく。文中ではあくまで彼の野心と才気が上昇をもたらしているように書かれているのだが。しかしジュリヤン自身はきわめてまじめだし、素直な性格が本質的に据えられていると思う。

[恋愛]
 3人の主要登場人物については、感情描写が事細かに描かれてる。
 とくに第2部第12章以降のマチルドとの恋の進展がおもしろい。マチルドはパリ社交界の退屈に倦んでいるが、ジュリヤンという異質な存在の混入に興味を抱き、彼が貧しい生まれでありながらも、貴族たちに気後れすることなくむしろ見下すような尊大さを秘めていることに気付くと、しだいにジュリヤンに魅力を感じるようになっていく。しかしジュリヤンは貴族に対して生来の猜疑心を持っているため、マチルドの態度の微妙な変化が恋愛感情によるものとは思いもよらず、ついにはマチルドが恋文をジュリヤンに送るという(貴族が使用人に対してするような行為ではない)大胆な手段に出るほど情熱にかられるに至っても、何かの罠ではないかと疑い続ける。手紙の呼びかけによりマチルドの部屋を深夜訪れることになるが、部屋に入ってもまだ疑念に満ちておりまさか自分が本当に愛されているなど思いもしない。マチルドの本心がようやく彼にも伝わると彼は驚愕するが、大貴族の娘が自分などに恋することに勝利感を味わう。しかししだいに彼もマチルドを愛し始めていくことになる。一方でマチルドは、それまで情熱的であったものの、ジュリヤンが彼女を愛し始めるようになると、確立された優越感によって、逆に彼に魅力を感じなくなってしまう。相手が自分の何に魅力を感じているのか、それを知ることができず、態度の変化の原因がわからない。そして自分自身の相手への恋心が、本当のものなのか一時的なものだったのか、判断できなくなる。互いにそのような状態に陥り、愛情と憎悪が繰り返される。
 互いの思惑、すれ違い、誤解、一方的な情熱と冷淡、あるいは悲嘆。ダブル・コンティンジェンシーが如実に表現されている。「相手は自分のことをこう思っているはずだ」と相手は思っているはずだという、予期についての予期。それがみごとにすれ違っていて、かなり緊迫感ある展開を進み、非常におもしろい。
 結局ふたりの恋は、友人のアドバイスを受けたジュリヤンによる長期的で根気強い策によって回復することになるが、しかしそのあといきなり妊娠に至るっていうのは、唐突な気が。現代小説と比べると、その途中の描写が全然ないので。他にも、結構重要な場面がいきなり飛んでいる個所がいくつかあったりする。
 マチルドの妊娠によりジュリヤンは彼女と結婚する道を進み始めるが、そんなとき舞い込んだレーナル夫人からの手紙が、彼の運命とその心を大きく変えることになる。


[描写]
 さすがにスタンダールは“恋愛論”という一冊も記しているだけあって、恋愛感情の描写は執拗なまでに細かく、共感させられる。女心って、こういうものかって。情熱と冷淡を行ったり来たりするマチルドの感情変化の過程を、マチルド側の視点で描かれているところは、すごく納得させられた。一方のジュリヤンがそれにうまく対応できないでいるところも、客観的にみればああそれじゃあだめだよなって思うけど本人にしてみればそれはなかなか気付かないことなんだろうなーとか。
 全体的に文章はわかりやすく、強弱のつけどころが上手で、読みやすい。


[その他]
 現代文学理論、とくにジェラール・ジュネットなどがスタンダールに対しよく指摘するのは、ジュネットが言うところのパラテクストの豊富さと奇妙さだ。
 たとえばまず作者名スタンダールという無国籍的なペンネーム。冒頭には「出版社の序」が記述されているがこれはスタンダール自身が書いたものというのが通説である。各章にはかならずエピグラフが記されている(そしてそのうちのいくつかは偽作的なものだと言われている)。サブタイトルの変遷(19世紀年代史/1830年年代史)。そして最後に載せられた、書簡の形式をとった自身による評。巻末の献辞“TO THE HAPPY FEW”。








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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell