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 レックス・スタウト “シーザーの埋葬”



“Some Buried Caesar”
 1939
 Rex Stout
 ASIN:4334761399


 ミステリー。というか、探偵物。形式は古典的。トリックの比重は高くなく、キャラクター描写に重点が置かれる。探偵ネロ・ウルフの助手であるアーチー・グッドウィンにより語られるその台詞まわしは絶品。ウルフとアーチーを始めシリーズのレギュラーメンバーは皆、個性的な特徴を備えていて魅力的。
 “シーザーの埋葬”は長編6作目。wowowでのドラマ放映に応じて新装版として出たようで、表紙にドラマ版のウルフとアーチーが載ってるけど、なんかイメージが違う。アーチーはもっと若いんじゃないかな。ウルフのイメージはハヤカワ版の和田誠イラストがインプリンティングされてるし。
 あらすじは、細かい点は省くと、基本的に自宅から一歩も外に出ないことを信条にしているウルフが、数少ないその例外である蘭の品評会へ出かけた所で殺人事件に遭遇するというもの。いつものニューヨークとは違った田舎の雰囲気に包まれているということ以外に特筆すべきは、その後のシリーズで頻繁に登場するものの細部がほとんど描かれていないアーチーの恋人リリー・ローワンが初登場し、彼女との出会いが語られること。その出自がようやくわかった。それまで全然出てなかったのにある時点を境に主要キャラクターとして当たり前のように登場するようになるというのは、エラリー・クイーンにおけるニッキー・ポーターが“生者と死者と”で初登場するのに似てる。
 なおリリーがアーチーのことをエスカミリオと呼ぶのは、カルメンに登場する闘牛士に因み、この作品の冒頭でアーチーとウルフが全米チャンピオンの牛ヒッコリー・シーザー・グリンドンに追い回されることによる。

 ネロ・ウルフの推理のパターンはどの作品でもだいたい同じような感じ。そもそも推理というより、問題解決と言った方が正確。推理し犯人を当てることは目的そのものではなく、依頼人からの依頼を果たし報奨金を獲得することが彼の・あるいは物語の目的であって、この微妙な差が、問題の解決の仕方に影響を与える。またそれには、アメリカの司法システムにおける陪審制度が大きく関係する。真犯人の指摘にあたっての証拠は、陪審員に対し充分な説得力を持つ程度の証拠であればよい。直接的証拠がなくても明らかに犯人を確信できるときは、証拠を捏造することすらおこなう。陪審あるいは依頼者に対するアピール、プレゼンテーションといったことが常に計算される。そういった意味ではかなりイレギュラーなこともするのだが、正義の追求などはほとんど念頭に置かれず、純粋に利益の追求だけに徹している。当然のことながら犯人そのものを捏造することはさすがにないが、それは単に、後で真犯人が明らかになったときには自身の名声に多大なダメージが及ぶからに他ならない。徹底的に合理主義。感傷的なところなし。ウルフの愛は料理と蘭栽培にのみ向けられ、依頼に対して要求する巨大な報奨金もすべてこのふたつに注がれる。この割り切り方がうらやましい。


 作品解説では他作品が思いっきりネタバレされているので注意。既に読んでてよかった...。








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―Angela Mitchell