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 飛 浩隆 “グラン・ヴァカンス 廃園の天使 I”

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)











[概要]
 仮想リゾートに従事するAIたちの物語。〈夏の区界〉という名のその世界は、海に面した古い港町をイメージとしてつくられていて、ゲストとして訪れる人間たちをもてなすための「住人」としてAIたちが配されていた。しかし、後に〈大途絶〉と呼ばれるあるときを境に、なぜか急に人間たちがやってこなくなる。ゲストを失うもAIたちはのどかなその世界で、自分たちに与えられた役割を今まで通り続けながら暮らしていた。
 そして〈大途絶〉から1050年が経過。突然あらわれた侵入者たちにより、〈夏の区界〉は瞬時に壊滅。生き延びたわずかな者たちは〈鉱泉ホテル〉を拠点として反攻を試みる。彼らが反撃に用いる武器は〈硝視体〉。〈大途絶〉以後あらわれたこの不思議な物体は、世界の摂理を超越的に操作することができる。〈鉱泉ホテル〉のAIたちは〈硝視体〉によって複雑な罠をつくり、侵入者たちを待ち受ける。
 だが侵入者たちは彼らの想像を遙かに超える能力の持ち主だった。次第に〈鉱泉ホテル〉は浸食され、AIたちは敵に捕らえられていく。そんななか、侵入者との会話を通じて徐々に見えてくる、より強力な、より上位の存在。すなわち〈天使〉。
 侵入者の目的、〈天使〉との関係、〈硝視体〉の起源。終盤でそれらが明かされることによってわかるのは、この世界の残酷な存在理由と、さらに無慈悲なその行く末。残される謎は、不可思議な超越者の脅威、〈大途絶〉の原因。
 わずかな希望を残して、物語は続いていく。
 三部作の第一作。



[感想]
 世界設定がしっかりしてる。描写は、特に独特とか洗練されてるというのではないけど、気に障るようなところもない。キャラクターは、バランスよく配置されているし、背後にある関係が、よくできてる。(人間関係というより、世界に対する機能的な関係が。)
 透き通る空、海、といった最初のイメージは、敵の侵攻が進むに連れてどんどん陵辱されていく。美しい表層に隠されている悲痛な姿が暴かれていく。そのギャップがかなり激しい。激しすぎて、苦痛とか、残酷とかが、言葉だけ置き去りにされてあまり実感できないようにも思った。ただ、その展開は非常にスリリング。そして、侵入者の目的については、なんか二重の切なさがあって、なかなか構成が上手だと思った。
 主人公の正体は、もう少し捻りがあるかと思ったけど。でも今後さらにいろいろ捻りがあるような気もする。

 AIたちは、自分たちに与えられた役割を認識していて、自分たちを人間と区別して把握している。また、この世界が仮想世界だということも知っている。彼らのメンタリティは人間とほぼ変わらない。彼らの世界は概して現実世界の物理法則と変わらない摂理に従って運行している。
 とすると、AIたちと人間たちの違いとは、何だろうか。明らかに彼らAIは自我を持っている。彼らが自分たち自身で人間との違いを自覚している、という点を取り除いてしまえば、原理的に人間とAIの区別はつけられないように思う。事実、ある登場人物が人間なのかAIなのかの区別が一瞬曖昧にされるシーンもある。
 既にして両者に線が引かれたところから始められている物語、として受け止めればいいのだろうけど、イーガンならば、そんな線を引くことはできない、と固執するところだろう。
 〈大途絶〉以降なぜ仮想世界に人間が来なくなってしまったのか。それは現実世界の側で人間たちに何か大きな変容があったことを示唆していて、おそらくそんな人間の成れの果てが、〈天使〉なのではないか、と考えてみる。
 人間とAIに区別が引かれていて、後者が無垢な受難者という位置付けをされているならば、そして前者が世界から消え、代わりに説明不能の上位存在があらわれる、とするならば。構図としては、AIに相対して人間と〈天使〉に何らかの等価な関係が成り立っていると思うのだけれど。そしてたぶん、不明な関係式を、〈硝視体〉が埋めている。
 三部作で、先の見通しは立ってないらしいけど、根幹の設定はできてると思う。「廃園の天使」っていうシリーズタイトルからしても。
 しっかり続き書いてちゃんと完成させてほしい。


「グラン・ヴァカンス 廃園の天使 I」
 BIT-SEIN BEACH
 飛 浩隆
 2002
 早川書房









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―Angela Mitchell