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 パオロ・バチガルピ “第六ポンプ”



“Pump Six and Other Stories”
 2008/2011
 Paolo Bacigalupi
 ISBN:4153350028



第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)






 短編集。
 ひとことで言えば、ディストピア。環境破壊が不可逆に進展し、人類は身体改変によってなんとか適応し生き延びている……といった図式がだいたい共通する。彼ら自身はそうした変容に慣れきっているけれど、われわれの目から見れば異様な社会。また、経済格差や民族問題への視点も必ず伴われ、社会批評として不可欠な要素がバランスよく網羅されている感じ。
 ただ、それだけにはとどまらず、そうした世界の「色彩」や「匂い」「湿気」といったものの卓越した描写が特徴の人だと思う。



ポケットのなかの法 Pocketful of Dharma
 キューブの正体に思わず笑ってしまった。「転生」の意味とか。最初と最後でのポケットの中身の移り変わりようとか。ブラック気味なコメディとしてよくできていると思う。



フルーテッド・ガールズ The Fluted Girl
 冒頭で説明なしに出てくる「フルーテッド」っていう言葉は何?って思ったら、そういう意味か。こういう「退廃的・禁忌的な悦楽」っていうのはさまざまな作家がさまざまに描いてきているわけだけど、小説内での富豪たちがその刺激度を競っているのと同じ意味で、小説家同士でもまた競争がおこなわれているのだな、と思ったりした。
 双子であるという設定が、フルーテッド・ガールズの必要条件であるということ以外にあまり機能していない。双子間の交流というか差異をもっと掘り下げてもいいような。長編にする予定もあったようなので、もともとはそのあたりの構想も含まれていたのかもしれない。
 ……というかこれ、原題だと単数形なのに邦題だと複数形なんだ?



砂と灰の人々 The People of Sand and Slag
 SFマガジン初出時に読んだので省略。→ http://d.hatena.ne.jp/LJU/20110729/p2



パショ The Pasho
 民族文化の描写・設定がおもしろい。説明しすぎず、想像に任せている部分が多いのが良かった。
 話自体については、父親じゃなく祖父というところがポイントなのかな。これを父親にするとエディプス的な構図になって面倒な意味合いになってしまうのを回避した感じ。



カロリーマン The Calorie Man
 「ねじまき少女」と共通の舞台設定。



タマリスク・ハンター The Tamarisk Hunter
 州兵になればいいかというとそこにもうんざりするデメリットがあり、じゃあカリフォルニアに住む者は裏庭にプール付きの生活を送っているかというと実際はそうではないと。
 救いようない話ではあるけれど、どのような状況下におかれても「移植」のような工夫があるはずで、そうした抜け道の模索を称揚している話。――とでも思わないとどうにもやりきれない。



ポップ隊 Pop Squad
 ハリウッドSF映画にありそうな設定。……いや、たぶんこれそのままだとコード上無理だとは思うが。
 ジャングル化した都市のイメージが良かった。
 不死を実現したこういう社会が、さらに百年・千年進むとどうなるかも興味ある。



イエローカードマン Yellow Card Man
 これも「ねじまき少女」と同じ舞台。スーツのくだりの描写が精緻。
 最後、御伽話だったら迷わず助けるところなのだろうけど、そうせずに「面接があるはず」となるのが現代的、と言うべきなのか……。
 これだけ大きく零落してそれでも生き延びようとする意志は肯定されるべきと思う。



やわらかく Softer
 心理描写主体の短編。



第六ポンプ Pump Six
 切迫と怠惰が共存する世界の雰囲気が好き。こういうのがバチガルピの持ち味だと思う。
 マギーが冒頭から既にしてトログ化し始めてるってのが怖ろしいところ。また、自己診断データで要修理項目が延々と流れ出るところも、それとは違った恐怖がある。
 結局主人公もトログ化をまぬがれえないって話ではあるのだろうけど、そう前提にした上でなお、最後の一文はすばらしいと思う。













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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell