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 チャイナ・ミエヴィル “言語都市”



“Embassytown”
 2011
 China Miéville
 ISBN:4153350087



言語都市 (新★ハヤカワ・SF・シリーズ)

言語都市 (新★ハヤカワ・SF・シリーズ)





概要

 これはあらすじで相当損してる作品だと思う。
 『口に相当する二つの器官から同時に発話し特異な言語構造を持つ異星種族』『彼らと意思疎通するための能力を有する人類側の〈大使〉』『新任大使の赴任でこの惑星は大きな変化に見舞われる』――というような説明なんだけど、これって訴求力あるんだろうか……。変わった設定だというのは充分伝わってくるけど、なんか面倒な小説のように見えてしまうし、身構えて読むことを求められそうな雰囲気も感じて、閾が高いことこの上ない。……いや、実際こういう話だしこれ以外に書きようもないので、あらすじに問題があるとかいうわけではぜんぜんないんだけども。この作品の良さはあらすじではほとんど伝わらないだろうなっていう感じはする。
 “都市と都市”(→http://d.hatena.ne.jp/LJU/20120102/p1に続くミエヴィルの新作長編ということで、本屋で見かけるたびにぱらぱらめくってみたりはしてたけど、やっぱり抵抗があってなかなか読む気にならなかった。でも「おもしろい」っていうレビューをいろいろ見たのでがんばって読み始めてみたら、うん、本当におもしろかった。

 世界設定は、上述のあらすじで書かれてる部分の他にも多方面で練り込まれている。ことごとくコンベンショナルなSF様式から逸れた独特なもので、しかも最初しばらくはほとんど説明もされない不親切な書き方。にもかかわらず、冒頭ページ数二桁ぐらいで無事に引き込まれた。
 アリエカ人の言語については裏表紙のあらすじでも諸々の書評でもまず触れられてることなのでいいとして、それ以外で惹かれたのが「イマー」「イマーサー」という設定。
 「イマー」というのはこの遠未来での恒星間航行に欠かせないいわゆる超空間的なもので、その意味で言えばとりたてて新しいというような設定ではないんだけど、独特なのはその描写。“通常宇宙”マンヒマルに対する“恒常宇宙イマー”といった言葉遣い。イマーに潜る際に不可欠な「イマーサー」たちの能力だとか、“難破船” “灯台”だとか。(コードウェイナー・スミスが描く世界に異色さの雰囲気が近い気がする。)
 主な舞台となる「エンバシータウン」も、異星のバイオテクノロジーが満載で、都市情景として風変わり。


用語
  初見でわかりづらい語とか、どんな意味だったかあとでわからなくなりがちな語とか。

イマー
the immer
“恒常宇宙”。あとがきによると、ドイツ語で「いつも」を意味する “immer” から来ている言葉とのこと。「イマー」に赴くことのできる特殊な能力者たちは「イマーサー」と呼ばれている。英語で “immerse” というのは「潜行」とか「没入」とかの意味。つまり海のようなイメージで捉えられている。(これについては、ル・グウィンによるレビューで語られてた。リンクは後述) p49, 50, 53, 54
ブレーメン
Bremen
人類の国家のひとつ。広範な恒星間統治を成し遂げている。
主星はダゴスティン Dagostin、首都はチャロ・シティ Charo City
p34, 61, 76, 112, 131, 164
アウト
the Out
惑星外の世界を広く指し示す言葉、あるいは人類の多世界圏域全体を意味する語? p28, 70, 88
ファロテクトン
Pharotekton
“慈悲深き灯台の造り主”。先宇宙の知性体と思しき存在。
イマー内の危険な領域を知らせる“灯台”をつくってくれたという仮定で、宗教的崇拝の対象となっている。
p51, 180
マイアブ
miab
イマーを利用した恒星間物流手段。無人のコンテナのようなもの? p33, 34, 35
*ウェア
'ware
汎用なプログラムド・デバイス p51, 72, 86, 214
オートム
autom
AI。オートマトン p67, 68, 110, 211, 227
アートマインド
artmind
AI? オートムとの違いはたぶん、向こうは自律的な「身体性」を持つけどこっちはそうではない、といったところかな? p116, 117, 122, 123
ファンウイング/ギフトウイング  
fanwing/giftwing  
アリエカ人のコミュニケーション器官。ファンウイングは聴覚を司る多彩色の翼で、ギフトウイングは他者とのやり取りに使われる外肢。 p120
カット/ターン
the Cut/Turn
アリエカ人の二種類の発声様態。食物摂取用の口と警告を発する器官のそれぞれで同時に発声し、片方が「カット声」、もう片方が「ターン声」と呼ばれる。 p85, 81



メモ

 非常に入りづらい小説だけど、構図自体はわりとシンプルではある。
 つまるところ植民・開拓者と先住種族の軋轢、そして前者による後者への文化的啓蒙。――ただし、そう言ってしまうと身も蓋もないし、この作品の魅力からは外れていってしまうかも。結局「啓蒙」の図式になっている面は否定できないと思うんだけど、そこにテーマが帰着してしまうとしたらちょっとわびしくて、やはり「言語の機能」という焦点で読むのが良いはず。
 アリエカ人には精神構造上のひとつの制約がある。彼らは言語を用いるにあたり事実の主張しかおこなえず、虚偽を述べることができない。
 この制約のもとで語りのバリエーションを増やすために、「直喩」と呼ばれる方法が用いられたりしている。「〜のような」という表現を彼らが語るには、「〜」という部分が真実でなければならず、そのために「〜」という行為を実際に誰かに演じてもらってその表現を「真実」にするわけだ。
 一方、人類側にはそんな制約はない。アリエカ人の特殊な言語を語る技能を持つ「大使」たちは、この言語を用いながらもなお、虚偽を述べることができる。大使たちはそうした技能を活かして、アリエカ人のためにときどき「嘘祭」を開催したりしている。そして嘘祭に魅せられた一部のアリエカ人は、なんとかして「嘘」を語ろうと努力し、さまざまなテクニックを試行して漸進していく――。
 さて、こうしてみるとテーマとしての構図がだいたいわかってくるような気はする。
 「嘘」というのはフィクションということであって、つまりは「物語」。この小説は、いかにして物語が獲得されるかの過程を語っているともいえる。

  • アリエカ人が「嘘」すなわち「物語」を語るためには、「直喩」から「隠喩」へのレベルアップが必要だった。
  • 主人公アヴィスは、アリエカ人たちの「直喩」。“わたしはもう直喩になりたくない” “わたしは隠喩になりたい”
  • 「自伝」を語るオレイターのエズ/カル。
  • スパニッシュダンサーの演説は、言語の可能性を拡大させるためのアジテーションでありその方法の教導であるわけだけど、同時にその語り自体がひとつの物語(詩)にもなっている。
  • 指示代名詞
     
  • これらを物語として読んでいるわれわれにとっても、作中の「直喩」や「隠喩」は何かしらの機能を果たすものだろうか?(記号と世界認識)
  • 「直喩」「隠喩」があるならば「換喩」も機能を果たすのか?
  • いまだ生じていない物事を「直喩」として語るために、現実の方をお膳立てするという発想。→むしろ「直喩」の語りを発展させることで逆に現実を操作する、っていう可能性もおもしろいかも?(というか最初そういう方向になるかと思ってた。)
  • 伊藤計劃の “虐殺器官” のあとに読む本として適してると思う。

 

参考

  ガーディアンでのル・グウィンによる書評
    The Guardian - Embassytown by China Miéville - Ursula K Le Guin
    http://www.guardian.co.uk/books/2011/may/08/embassytown-china-mieville-review
    "And all along we thought she was only a simile . . ."














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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell