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 “女神の見えざる手”






“Miss Sloane”
 Director : John Madden
 US, 2016





 主人公ひとりの強力な個性で成り立つ映画というものがある。
 激しく存在感を放ち、奇特で驚異的なキャラクターに釘付けになるような。
 『女神の見えざる手』はまさしくそうした映画。
 原題は “Miss Sloane”。個人名を冠したタイトルが、映画の焦点がどこにあるのかをはっきり言い表している。主演はジェシカ・チャステイン、『ゼロ・ダーク・サーティ』で、ビン・ラディン暗殺作戦を導く主人公のCIA分析官を演じた。『女神の見えざる手』の主人公エリザベス・スローンのキャラクターは『ゼロ・ダーク・サーティ』の精力的な主人公に通じるものがあるけれど、さらにエキセントリックな方向へ振り切っている。
 冒頭、上院議員との打合せでの長い笑い声が、彼女の極端なキャラクターを視聴者へ端的に伝えてくる。
 職業はロビイスト、銃規制法案を成立させることがミッション。現実のアメリカ政治情勢では、銃撃事件の度に提出されその都度否決されるというようなことが繰り返される法案であり、この物語の中でも主人公の挑戦意欲を刺激する高い障壁として扱われている。
 主人公は知力と活力に溢れ、何手も先を見通し策謀を展開する。ライバルとの駆け引き、一進一退の攻防、罠と裏切り、落とし穴、そして切り札。特に「切り札」というのは映画開始直後に主人公がロビイストの説明に用いたことばでもあり、そのまま映画のラストをかたちづくることになる作品構成上のキーワードでもある。
 全編を通して主人公の性格、行動、思考へ強く引き付けられる。冷酷非情、睡眠を取らず薬に依存し、私生活も家族も描かれず*1、唯一の息抜きはエスコート・サービス、信念を表明しつつも動機は不明瞭。能力は高くても実際に関わるのは遠慮したくなるようなタイプ、物語としても決して英雄扱いはされていないし、好ましい人物とも描かれていない。
 にもかかわらず、結局のところそれらはなぜか魅力につながっていて、もっとシンプルに言うなら、やはり「かっこよさ」という語を使って形容したくなる。
 魅力のすべてが主人公単独で生まれているわけではない。他の登場人物たちとの関係性から来ている面にも触れておかなければならない。CEOのシュミット、チームのメンバー。何よりもエズメ、ジェーン。特にジェーンとエリザベスの関係は、見終わった後に、あらためて主人公がどのような人物なのか考え直させられることにつながる。劇中から思い出されるのは「ソクラテス」というトピック。裁判と死刑、弁明と信念というソクラテスの帰趨、そしてその言を伝えたのは誰なのかという問い。
 弁護士ダニエルとの最後の会話もそうだけど、意志がいかに関係性を構築するかというのがこの映画のひとつのテーマ。



  • 見ていると、どこまで仕組まれてるのかわからなくなってくる。登場人物たちにとってもそうだろう。本来ならそれは不信につながる。だからこそジェーンとの関係が際立って浮かび上がる。
  • 全体として描写のスピードが非常に速い。主人公を初め登場人物たちは早口の会話、場面の切り取り・移り変わりも高速で、弛むところがほとんどなく進行する。
  • 単純ではないにせよ基本的には爽快な映画としてつくられているのだけど、銃規制へのスタンスが真逆で設定されていたらそうは見えなかったと思う*2。銃容認側に立った場合には爽快な映画がつくれないとまで言い切るかは別として、少なくとも相当異なった設定・脚本・文法が必要になるだろう。その意味で非対称性がある。同時に、この爽快さは現実での困難やもどかしさがあるからこそもたらされているものでもあるはずだ*3
    政治的な二極化と分断、対立の深刻化、というのがアメリカに限らず現在広く社会全体で見られる問題だとして、そうした状況下、異なる国・地域・文化でフィクションがどのような様態を取っていくのか、その違いには関心を払っていいと思う。

 

IMDb : http://www.imdb.com/title/tt4540710/

*1: 
「わたしをマデリンと呼んだのは母親だけ」という台詞がかろうじて示唆。

*2: 
この映画は必ずしも純粋に銃規制賛成の立場を追求したものとは言えず(いくつかの慎重なエクスキューズがある)、最終的には政治家の利権問題への糾弾というかたちを取っている。とはいえ中立を標榜しているわけでもないというところは銘記しておくべきだろう。

*3: 
目的のためにどのような手段を取ってもよい、ということを肯定するのか否定するのか。銃容認はアメリ自由主義に連なる政治スタンスだということは前提としつつも、リベラル/コンサバティブという対立が規制派/容認派に概ね重なることを考えたとき、この映画からは「リベラルは手段においても倫理的・清廉でなければ本義に反するのか」という問題提起が見えてくる。だけど、おそらくそれは映画がもたらす爽快感で隠れてしまっているとも思う。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell