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 新城 カズマ “サマー/タイム/トラベラー”

サマー/タイム/トラベラー (1) (ハヤカワ文庫JA) サマー/タイム/トラベラー (2) (ハヤカワ文庫JA)













0..
前から、読んでみようかと手に取っては止める、というのを何回か繰り返していた本。
読み始める前は、半分以上、否定的な態度を持っていた。
その理由は3つ。
まず、表紙やキャラクター設定から、ラノベの気配が強く感じられること。
次に、冒頭に出てくる、本筋とは関係ないある固有名詞の引用/操作のされ方にセンスのなさを感じたこと、およびそれに付随する一般名詞の語用に激しく違和感を持ったこと。
最後に、高校生という設定の主人公たちの衒学趣味。ちょっとやりすぎ。もう少し、痛い感じとか自虐的自己言及とかもたまに混ざってるといいんだけど。そういうのが一切なしですべてが本気、っていうのが...。
まあ最後の点はかろうじて許してもいい、むしろ単に極端な理想的設定として受容すればいいのか、と思った。ラテン語ボルヘスに留まっている限りなら、まだいい。
二番目の点はこの作家に限ったことではないし、仕方ない、と割り切る。気にはなるけど、物語のメインプロットに深く絡んでいるわけではなさそうだったし。
そして一番目の点については、しかしそのようにラノベ的な雰囲気を濃く漂わせながらも、どうも実はそれは単に表面的なものにすぎなくて、設定とか定型的プロットとかの消費を目的としているのではなさそうに感じた。あくまでもそれらは装飾で、言いたいことは別にある、っていう気がしたので、とりあえず読んでみるか、と。
そんなエクスキューズを(失敗したときのために。)用意した上で、不安と疑問を持ちながらも読み始めた。



1..
プロット。
冒頭を引用;

 これは時間旅行(タイムトラベル)の物語だ。
 といっても、タイムマシンは出てこない。時空の歪みも、異次元への穴も、セピア色した過去の情景も、タイムパラドックスもない。
 ただ単に、ひとりの女の子が──文字どおり、時の彼方へ駆けてった。そしてぼくらは彼女を見送った。つまるところ、それだけの話だ。

この文章に嘘はなく、まったくその通りの話。


2..
登場人物。
きわめて頭がよく、運動神経もよく、世渡りの上手な、年不相応に知識と知恵を持ち、しかし/それゆえに自分たちを異端と位置付ける高校生たち5人。各自はそれぞれ特徴的な個性を与えられ、バランスよく配分されたメンバー構成となっている。
...こう書いた時点で、そんなもの成立するわけがない、と思うが、作品中では一応それなりのリアリティを感じられる描写が為されている。
5人の高校生たち。まず二人の女の子。ひとりは響子、もうひとりは悠有。
どちらも、定型的キャラクターとして分類可能。だけどまあそれはいいとする。この物語ではストレートな恋愛がテーマではなかったので。
残る三人の男子は、コージン、涼、そして語り手の卓人。
涼と響子はわりと極端な/濃いキャラクター設定が与えられている(特に響子)。ここを抑えるだけでも、この作品は随分違ったものになっていたはずなのに。
読む気を続けさせてくれたのは、序盤のマラソン大会でのショートカットをめぐるコージンと卓人のやり取り。

 マラソン大会は、数学の難問みたいなものだった。さもなければ、突破されまいと息をひそめている巨大なサーバだった。だからこそかえって、それは解かれることを待ってたんだ。方法は二つに一つ。この街に隠れた「解」を、ちゃんと見つける。さもなければ、しらみつぶしに答えを探して無駄に体力を消耗する。
 そしてコージンのやつは、ぼくと同じ問題を見つけ、同じ結論に達したんだ。

こういう語り口がわりと気に入った。そしてこれを受け入れられるかどうかが、この本を読み通せるかどうかの決め手だと思う。おそらく両極に二分されると思うけれど。


3..
この本はSFなのか。
SF的な部分はたった一箇所しかない。
そしてそれには何の自然科学的説明も与えられていない。仮説は与えられるけど、科学的説明を超えている。
あえてSF的な部分を見つけるとするならば、物語の最後で描かれる、未来の描写ぐらい。
この物語は、純粋に青春小説。


4..
ひたすら時を前進していくことを選択する女の子。
その行為になんともいえない清潔感があって。
ピュアじゃなくて、どっちかというと、ドライな。語り手との間についに明確な恋愛関係すら生じさせることなく。
スポーツかなんかに打ち込んでいる女の子、っていう感じの。
彼女がどこまで未来へ行くのか。
未来とは何か。
おそらく、彼女がいる限り、主人公は未来を信じられる。そういう構図がある。
清々しくもあり、あるいはせつなくもあり。


5..
どうも、小説よりも映画に激しく向いている気がする。
似たようなタイトルの映画があったけど。
これ映画化すれば、きっとおもしろいと思う。


サマー/タイム/トラベラー1, 2」
 新城カズマ
 早川書房









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―Angela Mitchell