なかなか濃いアルバムだった。やたら曲数多くて、ちゃんと聴いたらすごい時間かかった。歌詞カードに注釈がいっぱい付いてるのが楽しめた。
それにしても、これだけ大量の曲、スタイルがさまざまで題材も幅広い全編を通して聴いてみると、なんかやっぱりHip Hopというよりサブカルの王道を行ってるグループなんだと思う。サブカル、という区分をすることが今でも何かの有効性を持っているとするならば、だけれど...。ジャンルを問わず、今そのようなサブカルなるものを引き受けている人あるいはグループ、を挙げるとするならば、筆頭に上がるのでは。まあRhymesterというより宇多丸が特にそうなんだろうけど。とはいえMummy-Dも宇多丸のパートとの組み合わせでみるとその対としての効果を受けている、というかこのふたりの組み合わせでバランスがちょうど良く取れている感じ。スタイル、キャラクター、性格、というのが相互に比較されてそれぞれが際だつ、という関係で。
ラップに関していえば、もう円熟の域に入ってる、って言ってもいいなと思った。なんか、違和感・ムリしてる感がぜんぜんなくって。それは、笑い要素を積極的に肯定してるスタンスに拠っているのも大きいとは思うけど。かっこつけ、じゃなくてどこか自笑的(そんな言葉あるか?)なところがあって。それでいて/それだからこそかっこいい、っていう。
いや、かっこいい、とかじゃないかもしれない...。純粋に内容に惹きつけられる。ラップが日本語として自然に流れているからだからだと思うけど、Hip Hopって、詞/詩というよりかは、語り、なんだな。と思った。エッセイとか。あるいはラジオのトークとか。なんかそういうものに近い。で、そういうのが音楽に乗せられて展開されているわけだけど、どうもそれを音象として受容しているのではなくて、言語的に受容してる気がする。
だけどそこでリズムの強調、という側面がまた別の軸として出てくる。言葉がリズムとして、あたかも打楽器のように扱われているところがあって、そのため身体的でもある。言語的であると同時に。
言語=理性という一方の端と、リズム=身体性というもう一方の端、という両極の併存。
そこがおもしろいところだ。
ブラスト公論は気が向いたら買うかも。
M-3 “逃走のファンク”
M-4 “HEAT ISLAND”
M-12 “ダークフォースディスコ” うわー。ちょっと電気グルーヴかと思った。
M-15 “BEST KEPT SECRET” これは歌詞の対比がおもしろかった。
M-16 “LIFE GOES ON”
M-18 “ウィークエンド・シャッフル”