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 飛浩隆 “ラギッド・ガール”

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)











01..
 “グラン・ヴァカンス”の続編。
 厳密に言うと続編ではなくて、グラン・ヴァカンスで語られている時代よりも前に起こった物語がいくつか集まった短編集。“グラン・ヴァカンス”は一本の長編なので、その分、世界設定をじっくり説明しているけど、このラギッド・ガールでは世界にまつわる重要な技術や秘密を断片的に明かしている感じ。とくに表題作“ラギッド・ガール”は物語世界内でもっとも時系列が前にあり、いかにしてこの作品の主たる舞台〈数値海岸 costa del numero〉がつくられたかがわかる。

 “廃園の天使”と呼ばれるこのシリーズの共通の舞台となっているのが、〈数値海岸 costa del numero〉と呼ばれる仮想世界。これは人々がリゾート地として訪れることを目的とした商用の仮想世界で、異なるテーマでつくられたさまざまな世界(〈区界〉)があり、人々は直接そこへ赴く代わりに、自分の精神を模した仮想人格(情報的似姿と呼ばれる)を送り込む。この措置は、仮想世界に人間が直接赴くというのはどういうことなのか、そんなことが可能なのか、という問題を解決/回避するための仕組みだ。
 人々は、脳に埋め込んだ〈視床カード〉という装置を媒介として、情報的似姿の体験した記録を紐解いて追体験することができる。情報的似姿は〈数値海岸〉を成り立たせるための基盤となる技術だけど、前作では〈数値海岸〉内のAIたちが主な登場人物だったため、この設定はあまり表立って出てこなかった。けれど本作では人間の世界の側も舞台として大きく出てきているので、情報的似姿と生の人間との区別、というのが重要なものとなっている。



02..
 この世界の(およびこの作者の)最大の特徴は、徹底して「痛み」を描こうとすること。
 〈数値海岸〉という仮想世界は、人々の欲望が如実に現れる世界として語られる。その欲望はとりわけ、身体性に直接関連する分野に集中し、さらには、自分が得る快楽よりも、他人に痛みを与えることで得られる快楽が優先される。
 他人が感じている(と表現している)痛みとは決して自己には同様に体験し得ないものだというのは、他我と自我とを区別するのに有効な説明としてよく用いられる例だ。
 〈腕にペンを刺していって苦痛が生じる瞬間、そこが自己の閾(「アイデンティティの境界」)だ〉というような台詞がこの小説に出てきて、とても納得がいったのだけど、一方でそのようにして自己の境界を見定めることができたとしても、他人(他我)を形成する境界は、この延長をどこまで行ったとしてもたどりつけない。彼岸と此岸の絶対的な差。にもかかわらず、自分の腕にペンを刺すことで自己の境界を知るのと同様に、他人に痛みを与えることで自我と他我の差を知ることができると思っているかのようにこの世界の人々は動いているように見え、あるいは作者こそがまさにそのように考えて登場人物たちに凄惨な苦痛を体験させているかのようにも思える。少なくとも、〈数値海岸〉のAIたちが感じる苦痛を意味あるものとして捉えるのかどうかということが作中世界内で問題化されている以上、小説の登場人物にすぎないのだから彼らの苦痛など何の意味もない、と考えることはできない。
 仮想世界を扱う際に不可避な自己という概念への直面にあたって、痛みという切り口は、有効なアプローチだと思う。小説あるいは仮想世界において「人」が体験する痛みと、現実世界において他人が体験する痛みとは、それらが自己には絶対に体験することができないという観点においてはすべて同等のものと言わざるを得ない。そこには、彼らも自分と同様に痛みを感じることができるという仮定・想像が必要で、それは確証のないジャンプのようなものなのだけど、でもこのジャンプがないと何も始まらない。




03..
この本では、前作で謎だった〈大途絶〉の真相が語られているのだけど、これが自分の予想を大きく外れた。
もっとシンプルなカタストロフィが理由かと思ってたんだけど...。
でも実際の理由としてはこの方がありそう。身も蓋もないほどに現実的。まあでもノーマルな人たちは残るんじゃないのかと思わなくもないが。だって完全にどの区界も無人になってしまうなんて...。しかしまったく人間が消え去ったというわけでもなさそうなことが示唆されてもいる。


04..
「人間の意識と感覚は、秒四十回の差分の上に生じる」
「脳は秒四十回のレートで世界を輪切りにし、その落差を──フレーム間の差異を環境データの変化として取得する。私たちの認識の最小単位は、そんなスライスの断面だ」

人間の脳あるいは記憶を生化学的に極限まで微細に模倣しなくても、[秒40回×生誕から現在に至る秒数のフレーム数]の知覚情報をつくることで、その人生はコピーすることができる。19歳であれば、240億層のフレーム。
140億ある大脳皮質の神経細胞の動きを完全にシミュレートさせるのと、どちらが有効か?




ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)
 飛浩隆
 早川書房







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―Angela Mitchell