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 電脳コイル


 電脳コイル最終話。
 これは何かしら感想を書いておかなければいけないものだ。絶対に今。

 最近、音楽も新しいのあまり聴いてないし、小説とか映画も見てないし...。とくに忙しすぎる毎日を過ごしてたわけでもないんだけど、どうも何か刺激のあるインプットが不足してることには自分で気付いてた。そういうの探そうとしてなかったかもしれないし、単に良いものに出会えてなかっただけかもしれない。いずれにしても文化的・感性的には平坦な状態にあったと思う。
 でも電脳コイルが、そんな状態を補ってあまりあるほどに強い感情的な振幅を与えてくれた。*1





1. 電脳コイルの何がすごいのか? 何が好きなのか?


 まず、可能性の高い未来予測をしていると思う。情報技術が今後どのように進展し、それによってどのように生活が変化するか、ということを特に子供の生活に焦点を当てて、説得力をもって描いている。
 もっとも、それがメインではない。
 この作品はSFなので、そのような外挿法的な未来記述だけでなく、ある種の跳躍が加えられている。それは、この物語世界内での基盤テクノロジーである電脳技術と、人間の意識との関係のところ。物語が進むにつれて、ほのぼのとした日常を脅かし始める謎の現象に焦点が当てられていく。人間の意識が身体から分離し〈電脳体〉として電脳空間の深い領域へ迷い込んでいく現象。これが作中で〈電脳コイル〉と呼ばれる現象で、それがそのままタイトルになっている(途中まで謎の言葉のままで、終盤でようやく明かされた)*2。その原因となっているのが、量子回路の特殊なパターンが人の意識をキャッチするという原理不明の機能にある。
 これが電脳コイルでの最大のSF的エッセンス。メインのガジェットである電脳メガネも充分未来的でおもしろいんだけど。終盤で盛り上がりが最高潮になるなかで、登場人物のひとりに説明される「量子回路のある特殊な基盤パターンが〜」という台詞、とてもわくわくした*3。やっぱりSFには、こういう要素がないと...。

 ふたつめ。
 謎仕立てのストーリー。
 〈4423〉の正体が○○○だったなんて。みたいなところ。
 伏線がきれいに解決されていく*4。爽やかな終局に結実して。
 謎の張り巡らし方と、意外な展開、それらの回収の仕方*5
 こういう風に先が気になってしょうがないストーリーって、生きる希望に加算されるな。



2. SFの魅力って、何なのか。


 それは、世界を変容させる可能性が描かれていること。
 もっと言うなら、世界を激変させる可能性。
 “幼年期の終わり”でもいいし、“ブラッド・ミュージック”でもいいし“ディアスポラ”でもいいんだけど、要するに何かの巨大なカタストロフィが起こって、ただでさえ魅惑的な未来が、さらにもう想像すら追いつかないような世界に変化し始めていく、っていうところ。

 SFっていうのは一般に、科学およびそれに基づくテクノロジーに依拠している。それにも程度があって、ソフトなSFなら科学を表面的に取り扱うし、ハードSFならもっと真面目に考察を展開する。でもいずれの場合にも、それは現実のものではなく、基本的には今あるものがこのまま進歩していったらどうなるか?という仮定のもとに描かれている。たとえば、宇宙にもっと進出できるほどに技術が進歩した場合。あるいはインターネットがもっと進歩した場合。他の星系に到達できる宇宙船だったり、神経接合で直接体感できる情報ネットワークだったり、今はないけれど時代が進展すればそういうのができてもまあおかしくはないかな、といった技術が描写されて、それらのもとで人類や社会がどうなるのかが語られる。
 ただしSFでは往々にして、そのように現在を基点として進歩した世界にとどまらず、進んだテクノロジーの産物に満ちているその世界をさらに一変させるような新技術もしくはイベントが発生することがある。ブラッド・ミュージックであれば、ナノテクノロジーから生み出された極小の知性体群が引き起こす、宇宙をつくり変えるような物理法則の全面書換。スプロール三部作であれば、サイバースペース上に現れる新たな神性存在。ディアスポラなら、高次元宇宙への移民。とか。
 今より先の未来世界が、さらにもっととんでもない未来に変わっていく、っていう二段階の未来構造、それがSF特有の衝撃を与える形式なんだと思う*6

 電脳コイルの場合、通常空間に電脳空間をオーバーラップさせる、という点がテクノロジー面でもっとも目を引くところだ。今までのSFで描かれてきた電脳空間(およびサイバースペースその他これに類する諸々...)というのは、ディスプレイで眺めるか、神経接続とかで完全に内部に没入するか、として体験するものだったのに対し、電脳コイルの世界では〈電脳メガネ〉をかけることで、電脳空間を現実空間にオーバーラップさせることによって体験する*7。というかコイル世界での電脳空間は、現実世界にオーバーラップさせることを前提として設計されている。たとえば電脳ペット。キーボード。電話。違法な諸ツール。などなど。
 で、そういった電脳空間技術、というのも充分おもしろいんだけど、SFとしてのおもしろさでいうと、その先の電脳コイル現象というところにもっと刺激的なものがあって、なおかつそれが物語の芯に絡んでいる。「電脳メガネ」というテクノロジーまでは、近い将来現実に到達できるものかもしれないけど、電脳コイル現象とかイリーガルだとかイマーゴだとか、そういうのは、まあまず起こりそうもない。でも、「起こりそうな未来」を提示するだけではSFとしては足りなくて、それよりも、「起こりそうな未来+まず起こりそうもないこと」という組み合わせの方が、ずっとおもしろい。
 なぜならば、読み手は、...というか自分は、どこかでその「起こりそうもないこと」こそをもっとも期待しているからだ。
 それは、世界がもっと根本的に変わってしまってほしい、という願望。もちろん良くない方向への変化を望んでるのではなく(あたりまえだけど。)、見たこともない世界、世界をもっと拡張してくれるような何かを。


 でもなんでそういうのを望むんだろう、自分は。単に今の世界に満足してないから? うーん。いや、そういう風に世界を変容させる可能性に触れることが、実際に世界を変化させる原動力につながると考えてるからだと思う。漸進的な変化であったとしても。
 ...そうか。自分は、世界を何かしら変化させたいと思ってるんだ。それは、まあ、今のままでも世の中って充分におもしろいとはわかってるんだけど*8、でももっともっとおもしろくしたい。っていうことなんだと思う。
 〈コイル現象〉が物語内でもたらしたものは決して幸せな出来事というわけではなかったりするけど、電脳空間が主人公ふたりを結びつけたってのはあるし、「〈あっちの世界〉の大黒市」で展開する空中戦とか見たり「世界で初めて人間の集合無意識を電脳空間化した」なんて台詞を聞くと...そういうのの先には、どんな見たことない世界が可能なんだろう?って強く思わされる。



3. でも、それはそうとして、電脳コイルの魅力が何かといったら、それはやはりストーリーだ。


 上手だった。
 最後の方、ちゃんと今までの謎とか伏線が収束するのかちょっと不安だったけど。前述のSF的おもしろさの要素(電脳体分離)とストーリーとが、完全に絡み合っていて。対比的なふたりの主人公が辿る物語が、きれいにまとまったと思う。「ヤサコとイサコ」っていう最終話のタイトルがすべてを象徴している。
 電脳空間っていう舞台で展開するけど、テーマ自体はシンプルで、コミュニケーションとか、子供から大人へ、とか。わりと普遍的。
 あとは、イリーガルが何なのか。というところ。深いな。




4. もっとも心を動かされた台詞。


 たぶん見返すたびに他にいろいろ出てくるとは思うけど...。
 いまのところは、
 「痛みを感じる方向に、出口がある」
 という台詞。

 あと、いちばん最後のシーン。
 メガネをかけてないふたりが、デンスケを見るところ。
 見えるものだけがほんとうのものじゃない、っていうテーマがここに凝縮されている。





 

*1:シリーズ序盤は見てなかったんだけど...。来週から始まる再放送、全部見ていく。でも終盤の盛り上がり方は尋常じゃなかった。特に25、23、21話あたり。

*2:ほんとは〈イマーゴ〉とか〈ヌル・キャリア〉とか電脳治療とか医療空間とか、いろいろな概念が絡んでて、ちゃんとおさらいしないとよくわかんない。最終話でようやく謎がひとつにつながった、ような感じなんだけど...。

*3:すごく説明台詞だったけどな。

*4:残り少ない尺で本当に解決されるのか?とみんなを不安にさせながらも。

*5:長い説明台詞で回収してしまうのはちょっと強引だったかも...。でもまあ30分番組だし...。

*6:まあそういうSFだけっていうわけでもないけれど。(雪風とか。) でも、そのように世界を変容させるアイデア自体の時代推移、から、SFそのものの進化が見てとれるとは思う。

*7:もちろん電脳コイルがそういうオーバーラップ型の電脳空間というアイデアを最初に提示した、というのではないけど。でもここまで映像化・物語化に成功したのはまちがいなく最初だと思う。

*8:「80年代SF傑作選〈下〉 asin:4150109893」内の「ぼくがハリーズ・バーガー・ショップをやめたいきさつ」参照。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell