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 オールディス “地球の長い午後”

地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224)




“Hothouse”
 1962
 Brian W. Aldiss


 植物SF。
 惑星の軌道状態が変わっているほどの遠い未来、太陽の寿命も尽きようという遙かな時代の地球が舞台。当然ながら地球の生態系は激変していて、完全に新たな生物群に取って代わられている。人類もかろうじて残存していたが、文明は忘れ去られ、細々と暮らす弱小種に成り果てていた。
 代わって地球を支配しているのは植物界。哺乳類も鳥類も昆虫すらも滅亡した一方で、植物はかつてそれら動物たちが生態系に占めていた地位に余すところなく入り込んで進化を続け、中枢神経や歩行器官、あるいは飛翔能力を持ったもの、さらには火を武器として用いる植物まで、多彩な種が地表を埋め尽くすこととなった。
 圧巻は、宇宙空間の放射線を主たる栄養源とし、地球と月を往還する巨大な風船状の植物。人はこの植物に運ばれて月へと赴くことを夢見て生きていた。

 ...という基本的な設定を書き並べていくだけで楽しくなってくるような小説。(細かい世界設定というものが大好きなので。)
 「見るもの聞くものすべてが目新しい世界」を体験できるのがSFの醍醐味だと思うのだが、この小説はそのひとつの極致にある。
 冒頭で展開する地上の情景は巨大な熱帯雨林のようであり、一見さほど異質な世界でもなさそうに見えるのだが、しかしそこを闊歩する生き物がひとたび現れると──獣や虫のように見えるものそのすべてがことごとく植物の進化した姿であるという点にまず驚かされる。そうした生物の描写がこの小説の最大の特徴だ。それはあたかもドゥーガル・ディクソンによる架空の生物図鑑を読んでいるかのようで、主人公たちの前に引きも切らさず現れる奇怪な植物たちがひとつひとつ克明に描かれ、そのどれもが驚嘆すべき特徴を持っていて、飽きることのない新鮮な体験が続いていく。いくつか疑問を感じる部分もないわけではないのだけど*1、ヴィジュアルが圧倒的なので気になる暇もない。
 なにしろ、まず陸地では無数の植物がひしめき合って生存競争を繰り広げているだけでなく、巨大な木の枝が地表も見えないほどにねじまがり覆い尽くしているのだが、それはある巨木種が成長を続けるうちに個体間の融合を繰り返し、ついには大陸全土を覆う史上最大の単一個体に成り果てた姿であり、そうかと思うと海岸では、猛毒を持つ凶暴な海草の群れが浜辺の陸生植物と抗争を繰り返しているといった具合で、騒がしくも活力ある様相があらゆる地で展開される。そのように人間に対して植物が脅威になる状況を描いたSFとしては、ル・グウィンの“帝国よりも大きくゆるやかに”にて同様に惑星を覆う植物が思い起こされるのだが、ここでの植物たちはさらに動的かつ暴力的。
 ここまでいくと、プランターなどで室内に「飼われている」植物とはもはやまったく別の生物だ。しかし植物は観葉植物のようにおとなしいものばかりではなくて、とめどなく繁茂して広大な草原や森林をも形成するようなものでもあるということをあらためて考えるならば、人間を圧倒する存在という描写は、植物のある側面を的確に表しているかもしれない、と思った。







*1:天体運動の明らかにおかしな設定とか、ある知性体が一個体の記憶から文明の歴史を読み取ってしまうこととか。






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―Angela Mitchell