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 アキ・カウリスマキ “過去のない男”



過去のない男 [DVD]


“Mies vailla menneisyyttä”
 Director : Aki Kaurismäki
 Finland, 2002





 旅の途中で所持品を奪われ記憶も失ってしまった男が、港近くのコンテナハウスの集落にたどり着き、貧しい人々の間で暮らし始めるという物語。
 かなり気の毒な状況が続くのだが、本人はそれをあまり気にせず、達観しているように見える。もっとも、カウリスマキの映画を何本か見てると、たとえ不憫な境遇でもいろいろ救いがあって最終的には良いところに落ち着くはずというのがわかってくるので、鑑賞する側としてもわりと安心して見てしまったりもする。
 この映画でも、底辺ともいえる状態から始まって徐々に生活の基盤が整えられていき、手助けしてくれる人々に出会ったりいろいろな厄介事にみまわれたりして浮き沈みしながら、それでも常に、どうにか生きていけるだろうという安定した感じがある。たとえば主人公が、前の住人が凍死したというコンテナを借りて住み始めるとき、穴の開いたバケツで床に水を撒いて掃除している情景になんとも哀愁を感じずにはいられないのだけど、その後すっかり中がきれいにされて家具やらカーテンやらがしつらえられて、さらには拾ってきたジュークボックスが音楽を流したりなんかし始めると、貧困層の応急的住処だった空間がいつのまにか居心地よさそうな北欧のリビングに変わってしまったりするし、あるいは、強欲な家主が『家賃を払わなければ猛犬に襲わせるぞ』といって連れてきた犬に懐かれてしまってなぜだかベッドで一緒に寝るまでになると、あぁ... なんかもうこれから何が起きてもだいじょうぶだな、って思える。











 客観的にみて〈幸福度〉が高いとはみなされないだろう境遇にもかかわらずそれにそぐわない安心感が伴っているのは、少しずつ生活が改善していくという展開に加えて、主人公がどんな状況にも取り乱したりしないというところにもよる。
 そしてそれは主人公に限ったことではなく、登場人物はみんな表情変化や台詞が極端に少ない。カウリスマキ作品の共通の特徴でもあるのだけど、人物が笑顔を見せることがまずない。喜怒哀楽が表情で表されることがない。だからといってもちろん登場人物たちが感情を持たないわけではなく、顔の筋肉のそれとわからぬほどのわずかな緩みだとか、手や指の些細な動きなど、内面を示す指標はむしろ豊富に散りばめられている。ただとてもわかりづらいだけであって。
 実生活においても、裏表なくあけっぴろげに感情を表すような人と接することが安心できるものであるのはもちろんなんだけれど、何かの理由で感情を抑えている人から、抑えきれずにこぼれ出した感情の発露が微細な指標として見出されたとき、それはそれでまた別種のリライアビリティがあったりする。このふたつは、映画やドラマの演技表現での異なるふたつの方向性に重なる。そしてこの映画は言うまでもなく後者に該当し、一見演技なんかほとんどされていないようにも見えかねないのだけど、実際のところ演技技術としても演出技術としても非常に難易度高いことをしている気がする。







IMDb : http://www.imdb.com/title/tt0311519/






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―Angela Mitchell