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 北野勇作 “昔、火星のあった場所”






昔、火星のあった場所

昔、火星のあった場所






 北野勇作のデビュー作。
 第4回日本ファンタジーノベル大賞(1992年)優秀賞。

 むかしNHKでラジオドラマ化されてて、それを聴いたのが最初だった。演技・演出ともに完成度が高く、何よりも、複雑な状況が結末できれいに収束するその構成が心に残った。
 今調べたらラジオドラマ版の制作には北野勇作本人が関わっていたらしい。どうりで出来がよかったわけだ。
 原作の小説はずっと読んだことがないままで、いつか読もうと思っていたのをようやく読んでみたのだけど、声優の声や効果音が脳内で再生されるかのような感じまであった。

 
 一見、現実とファンタジーが入り混じっているような世界。生じる出来事は不条理で、不可解な登場人物たちが跋扈する。
 かつて、意識によって空間をねじ曲げる『門』という装置が火星開発のために用いられた。しかし、意図せざる結果として火星が分解し、空間や意識が混濁したような世界が生まれてしまう。そしてそこでは人間とタヌキが戦い続けている。タヌキとは、人間のように見えるが人間ではないもの。あまりに化けるのがうまいので、人間とどこが違うのかすらよくわからないほど。主人公は、そんな世界で火星開発をおこなう会社の新入社員で、事業を妨害する『鬼』の退治を命じられている。
 ……といったところが導入部。

 どこかコミカルな設定や語り口の軽妙さとは裏腹に、プロットは複雑で、相当に難解。導入部での設定もその後、二転三転し、読者をさまよわせる。結末で全体構造が明かされるようにはなっているけれど、完全にはっきりとはしていない。けれど何ももったいぶっているというわけではなく、そうした曖昧さも世界の不条理さもすべて、作品構造に密接に関わる必然的なものだ。特にラジオドラマ版では効果音も大きく貢献していて、時計の音が終幕に向かって刻まれ続けるところや、ある人物と別の人物の声が同じであることなどが、物語を深く意味付けている。
 これらの背後には、あるひとつのシビアな運命が横たわっている。結末を知ったあと、初めて全体の意味が腑に落ちることになる。
 物語の最後までたどりついたら、あらためて全体を読み返してみたくなることは必至だと思う。


[参考]
 time R.D. (ラジオドラマの批評・感想のサイト)
  http://hc2.seikyou.ne.jp/home/mfluder/timerd/dendo/kasei/kasei_1.html ラジオドラマ版「昔、火星のあった場所」作品概要。
  http://hc2.seikyou.ne.jp/home/mfluder/timerd/dendo/kasei/kasei_3.html 同サイト。ネタバレありの解説。言おうとしてたことはだいたいここに書かれてた。




[以下、ネタバレ含むメモ]

 眠りから覚めることの物語。
 完全に覚醒していない曖昧な状態のなかで、思い出そうと思っても思い出せない、思考はうまく働かない、しかし確実に目覚めに向かって進んでいる――といった感覚が、ひとつの文章ではなく小説全体で表現されているような。

 それにしても、小説版を読むまでは、『主人公が目覚めて彼女をたすけることに間に合い、届かない思いは結局のところ届いた』というような結末だったと記憶していたのだけど、小説を読んでみると、そうではなかった。ラジオは小説と違う終わり方だったのか、それともただ単に思い違いをしていたのか。何であれ、記憶にあった内容よりもずっとせつなく、心に滲みる。











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―Angela Mitchell