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 北野勇作・鈴木志保 “どろんころんど”






どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)

どろんころんど (ボクラノSFシリーズ)



どろんころんど ――あるいは、万年1号の長い旅――
 The Curious Journey of Man-nen 1


 北野勇作の文章に鈴木志保のイラストを加えた本。
 今までぜんぜん想像しなかった組み合わせだったけれど、実際見てみるとけっこう良い相性だと思った。
 祖父江慎による装幀もすごく凝っている。
 ただ読んでおしまい、ではなくて、所有する喜びのある本。


 主人公アリスは、商品プレゼンのパフォーマーとしてつくられたセル・アンドロイド。
 あるときアリスが停止状態から目覚めると、人間たちの姿が消え失せていた。
 そこにいるのは、プレゼン対象の亀型子守ロボット「万年1号」だけ。
 展示会場の外に出てみると、見慣れた世界はなく、ただ一面の泥の海が広がるばかりだった。

 寝てる間に世界が激変してしまっていて何がどうなっているのか何もわからないアリス。そんな彼女の視点そのままに物語が進むので、話を追いやすい。アリスを守る亀型ロボット万年1号がまたとても頼もしく、どんなとんでもないことが起こったとしても大丈夫だろうという安心感もある。
 実際のところ、この世界でかつて起きたことは相当にとんでもないことではあるのだけど、その真相は終盤まで明らかにはならない。
 それまでの間、アリスはさまざまに推論をめぐらし続ける。世界がどうなってしまったのか。人間はどこへ行ったのか。自分は何をすればいいのか。自分の存在意義は何なのか。
 フィジカルな不安は万年1号のおかげで解消されるけれども、メンタルな不安は自分自身で対処しなければならない。
 逡巡のなかに思考が止まってしまうのではなく、とにかくどんどん前へ進もうとする姿は、まぶしくもある。


[参考]
 北野勇作&鈴木志保『どろんころんど』/ 21世紀、SF評論 (高槻真樹)
  http://sfhyoron.seesaa.net/article/165023166.html
 『どろんころんど』の作者 北野勇作さんのエッセイ あのねメール通信〜福音館書店メールマガジン2010年7月7日 Vol.104
  http://www.fukuinkan.co.jp/mail_magazine/sample_vol104.html#kitano_essay


[以下、ネタバレ含む雑多なメモ]


 この本の主人公は、アリスであると同時に万年1号であるとも言える。
 アリスの庇護者である万年1号は彼女の「成長」の記録者でもあり、だからこの本は万年1号がアリスを記録した物語に他ならない。そして、そのようにして見守られてきたアリスが万年1号のために「最初の一文」を書いてあげることで、今度は万年1号の物語を始めることができるようになる。
 つまりこの本はアリスの成長・自立の過程を示した物語であるとともに、空白のなかから自我を獲得する万年1号の物語でもあって、このことがわかると、再読したときの印象もまた違ったものになるだろうと思う。

 もうひとつ。
 この本でのSF設定の根幹は、《世界に広がっている泥は、実は全人類が溶け込み情報的に一体化した状態である》というものなのだけど、おもしろいのは、人類によって生み出された「ヒトデナシ」という生き物たちが、泥を素材にしてむかしの世界を再建しようとしていることだ。
 彼らのつくりあげたものは現時点ではオリジナルと結構な違いがあって、いじらしくも滑稽に見える。
 でも、もしこのまま彼らの事業が進み続ければ、いつかは、オリジナルと遜色ない姿にたどりつくような気もしなくもない。彼らは何よりも「模倣すること」を枢要の目的として生きているのだから。

 ところで、そうするとわれわれが疑い得ないオリジナルだと思っている“この”世界も、実はそうした模倣の結果としての完璧なコピーである、と考えてみることもできるかもしれない。(さらには、そんなプロセスが累進的に何代も続いているという想定すらも可能かも。)
 ただし、コピーのもととなっている世界は完全に失われてしまったわけではなく、泥のなかでの波の重ね合わせというかたちで情報的に存在していて、テレビ放送によってコピー側の世界と結びつきを持ってもいる。そしてそれはオリジナルの側が存在し続けるために不可欠なことでもある。

つまり思い出してくれる誰かがいたから、私もこうして再生されることができたってわけだ。

テレビの中にヒトが存在し続けるためには、それを観てくれる誰かが必要だ、ってことだな。


 オリジナル=現実、コピー=虚構、というわけではなくその逆であり、そして虚構を思い描くことは虚構の側に生を与えることでもある、という構図が興味深く感じた。
 でもこれについて突き詰めるにはかなり深い考察が自分に必要な気はする。











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―Angela Mitchell