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 ル・グウィン “闇の左手”



“The Left Hand of Darkness”
 1969
 Ursula K. Le Guin
 ISBN:415010252X







 〈冬〉と呼ばれる惑星が舞台。極寒の環境の迫真性と、特異な文化・生態の細密な描写がすばらしい。とくに物語の後半、特使として訪問中の地球人と追放された現地の政治家のふたりが氷原を果てしなく横断していくところが佳境で、息詰まるほどの臨場感がひたすら続く。
 この小説の根幹を成す設定は、惑星〈冬〉の住人であるゲセン人たちの特異なセクシャリティにある。作中で示唆されているところでは、ゲセン人というのは古代人が人類を改良して生み出したひとつの実験的な種族であるらしいのだけど、ル・グウィン自身がまさにこの実験をおこなっているとも言えると思う。つまり、ある問題を考えるにあたって架空の条件設定を導入し、それを前提とした文化・社会形態はどのようなものになるはずなのか、ということを説得力あるものとして構築している。
 考察されようとしているのは、ジェンダーセクシャリティの問題。架空の世界ではあるけれども/であるからこそ、現実にはない仮定との比較によって、実際のジェンダーセクシャリティのありようを浮き彫りにする。
 この小説のインパクトからか、ル・グウィンはフェミニズムSFの作家と呼ばれることが多いようではあるけれど、他の作品も見るかぎり、必ずしもフェミニズムの問題だけに傾倒しているわけではない。むしろ、SFの“S”を自然科学から社会科学にまで拡張した作家だと言った方がよいと思う。
 ありもしない設定が据えられているからといって何もかもが他愛ない空想的なものというわけではなく、逆に、細部まで首尾一貫と世界構築されているからこそ現実との対照が意味を成す。その姿勢はカルハイドの儀礼やオルゴレインの複雑な政体、そしてゴブラン氷河を吹きすさぶ雪嵐の描写に至るまで、ことごとく貫徹されている。










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―Angela Mitchell