“The Planck Dive and Other Stories”
2011
Greg Egan
ISBN:4150118264
- 作者: グレッグ・イーガン,鷲尾直広,山岸 真
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2011/09/22
- メディア: 文庫
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短編集。今までに出てるイーガンの短編集のなかではもっともハードかも。
以下、一部ネタバレ含む感想。
クリスタルの夜
人工知性体に関する倫理をめぐる葛藤の話、と思いきや、造物主から離脱する被造物、というSF定番の話。(イーガン作品で言うと “順列都市” もそういう話だった。)
読んでいくうちに、なんか一回読んだことあるなこれ……と思いつつも記憶が完全によみがえらなかったのだけど、たぶんSFマガジン掲載時に読んだんだと思う。冒頭に出てくる登場人物が、一見とても重要なキャラクターに見えつつもその後まったく再登場しなくて、最初読んだときそれにけっこうびっくりしたことは思い出した。
最終的にはポケット・ユニヴァースを利用し、自分を記述しているものごとかっさらって逃げ失せる、というところにある種の爽快さがある。
途中、「フェムトマシン」なる聞き慣れない言葉が何の説明もなく出てくる。語義から言えばこれはいわゆるナノマシンよりさらに小さなマシンということなのだけど(ナノ nano, n:10-9、フェムト femto, f:10-15)、板倉充洋さん(http://d.hatena.ne.jp/ita/)がむかし書いてた文章によれば、イーガンの未訳長編 “Schild's Ladder” にこの言葉が出てくるらしい。
意識をシミュレートできるくらい複雑な構造をもった巨大な原子量の原子核をプログラムして(「フェムトマシン」だって。 どひゃー。)、 そこに意識をコピーする。当然そのような原子核はフェムト秒単位でしか安定に存在できないけど、計算速度が速いから意識を十分にシミュレートできるという理屈らしい。
現在の観測理論では「意識/観測者」は常にマクロで量子的コヒーレンスとは相容れない物として扱われるが、ミクロな原子核で意識が作れるとするとこれは当てはまらない。そういう意識がどんなものになるのか、想像もつかない。
[G・イーガン『Schild's Ladder』http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-SanJose/9606/egan/schild.html]
……とのこと。これもすごいアイデアだなー…。とにかく、このあたりのアイデアも含意されているとは思う。
計算・進化のスピード、プログラム上のシミュレーション世界(およびさらにそのなかでのシミュレーション)、といったような、作中の「速度」と「階層構造」が大がかりなスケールで移り変わる。それなのに短編。……という、めまぐるしくも圧倒される小説。
エキストラ
最初に主人公の極端な暴走(?)を描きながら、最後に思いっきり落とすという、教訓譚めいた話。
設定自体は、もうイーガンで何回も見たようなおなじみのもののバリエーション。とはいえ毎回いろいろに要素を変えてそのつど新たな描写になるのはさすがだと思う。
“クリスタルの夜”に続いてまた主人公の名前がダニエルなので、よくある名前とは言え、これはもしかしたらダニエル・デネットを意識して拘ってたりするのかな……なんて思ってしまう。
暗黒整数
これは以前SFマガジン単独掲載時に感想書いたので省略。(→http://d.hatena.ne.jp/LJU/20090321/p1)
SFって言っても、宇宙船やロボットやらが出てくるものだけがSFなんじゃないんだよ?っていう最良の見本。ただし、前作 “ルミナス” を読まないとさっぱりわからないだろうとは思う。
グローリー
冒頭がものすごくハード。
「超光速」を登場させることなく現行の物理学の範囲内で恒星間移動を実現する方法を、事細かに描写している。もちろん現在の地球の技術でできることではないけれど、でももし異星の知性種族が地球に来るとしたら、こういう方法で来るのがもっとも現実的なのかもな、という感じがある。まったく同じことができるかどうかはともかく、光速送信+資材現地調達、という考え方で。(このやり方は “伝播” でも本質的に同じ。)
その後始まる物語自体は、わりと古風な構図の印象。星間文明に達した高度な種族が、まだその域に達せず惑星上で抗争し合っている種族のもとにやって来て、過去の遺跡を調査する……という話。
一回取り逃してしまった通信内容をブラックホール経由でもう一度捕捉しようとするところがわくわくした。
ワンの絨毯
長編 “ディアスポラ” 内に出てくるひとつのエピソードの原典。若干の差異があり、テーマとしてはこのバージョンの方がはっきりしていると思う。ただ、ラストの文だけは “ディアスポラ” の方が良いかも。
“クリスタルの夜”と同様、コンピュータ内知性体の話。
こういうシミュレートされた知性体というのは、世界外(上位世界)から観察することはできるわけだけど、逆に世界内(下位世界)から上位世界を観察することはできるのだろうか? あるいは、下位世界から上位世界へ赴くことはできるのだろうか? ……などと思いをめぐらせてみたりする。そのひとつの応えが “クリスタルの夜”。また、実はそこに上下の区別はないんだ、という認識につながる話でもある。
また例によって板倉さんのサイトだけど、万能チューリングマシンに関して;http://d.hatena.ne.jp/ita/20110920/p1
プランク・ダイヴ
ブラックホールへダイヴする調査チームの話。当然、脱出不可能の一方通行。だけど、もしかしたらブラックホールの構造を利用して無限の計算をおこなえるようにつくり変えることができるかもしれない。
無限の計算。それはすなわち森羅万象をシミュレートし、過去未来のあらゆる事象を再現して詰め込めることを意味する。(「ティプラーの神学」cf. Wikipedia シミュレーション仮説)。
とてもハードSFなのだけど、なぜか「文学界」なるものを代表・象徴するような人物が登場する。非常に戯画的に描かれていて、ちょっとバカにしすぎなんじゃ?と思うほど。
ただ、物語/科学(文学理論/物理学)という構図で前者を腐して後者を称揚する、という単純な話でもなさそう。というのは、この話自体――つまりこの短編SF小説自体だって物語のカテゴリーに含まれるわけで、それを作者が自覚していないはずがないからだ。むしろそのことを密やかに隠すためここまで過剰な戯画的描写にされている、という気もする。
伝播
なんか… 甘酸っぱい感もある。
巻末解説で題名 “Induction” の邦訳について書かれているけれど、なるほどと思った。電磁誘導と数学的帰納法の意味。
ロバート・リードの短編 “棺” に似たイメージ。ポジティヴさも似ている。