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 チャイナ・ミエヴィル “都市と都市”



“THE CITY & THE CITY”
 2011
 China Miéville
 ISBN:4150118353



都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)






 アイデアがとてもおもしろかった。
 ふたつの都市国家が物理的にまったく同じ場所をそれぞれ占有しながら共存している、という舞台設定。――と書くと何が何だかわからない感じだけど、読み始めても実際にどういう事態になっているのか把握するまでしばらくかかる。
 文化も制度も政体も完全に異なる別々の国。そんなふたつの国が、地理的に同じ範囲を共有している。相手は自分たちの目の前に同じように住んで生活しているはずなのだけど、お互いに、相手の存在がないものとして暮らさなければならない。「彼らを見てはいけない」「彼らがそこにいないと思って振る舞わなくてはならない」という規範によって成立する “共存”。……簡単に言えば、ゴッフマンの儀礼的無関心 civil inattention の概念をそのまま拡張した世界といった感じ。
 文庫解説で「都市が主役」と書かれてるんだけどたしかにその通りで、一応ミステリ形式の筋書きは与えられてはいるもののそれは単に都市を語る口実として与えられただけと思えるほどに、とにかくこの都市の描写を読むだけでおもしろくてたまらない。
 小説内でブダペストエルサレム・ベルリンが分断都市の例として挙げられているけど、この作品の “ベジェル” “ウル・コーマ” という二都市の分断状態は、もっともっと異質。だってこのふたつの都市には「境界線」を引くことができないのだから。一応、関所のような場所があったりもするんだけど、そこで出入国処理をしたあとまったく同じ街路に戻ってきてもそこはもう別の国で、ついさっきまで会っていた知り合いと話すことも目を合わせることもできなくなる、という……。壁や柵といったものの代わりに、内面化された規範がそれらの役割を果たしているわけだ。
 一見荒唐無稽にも見えるけど、ふたつの国を分節する原理は、「エレベータのなかで見知らぬ他人と目を合わせない」「レストランで他の客の食事をじろじろ眺めたりしない」などといった現実世界の “常識” と本質的に同じもの。少しばかり戯画的に延長されてはいるとしても、まったく現実に起こっていないようなことではない。
 作中では、そもそもどうしてこういう国ができたのかっていう歴史的経緯は濁されている。なぜそういう規範が成立したのか、日常のなかで疑問を持たれることも基本的にない。規範の番人みたいな存在もいるけれど、彼らへの恐怖で従わされているというのとも少し違う。この不思議な共存状態が、疑う必要のない前提として定着しきっているということがポイントだ。その元々の発端が何であったかはもはや重要なことではない。
 つまり、社会の成員がそれを当然のことと思って行動し、なおかつ「他人もまた同様にそれを当然と思って行動するだろう」という予期があるならば、外から見ていくら奇妙な事態であっても、社会秩序は成立する――という、非常に社会学受けしそうな話。


 自分が常々考え続けていることに、『物理的な境界(壁だとか建築物といったもの)を用いずして空間の分節を生み出すことができるのかどうか』という問題があって、“都市と都市” はまさにこのテーマにぴったり合ってる小説だと思った。以前見た “ドッグヴィル” という映画も、壁や間仕切なしに分節される空間が描かれてるおもしろい事例だったんだけど(→http://d.hatena.ne.jp/LJU/20101204/p1、この “都市と都市” も、それとはまた別のあり方としてひとつのヒントになる。
 それが実際 “設計” できるものなのかどうかはまた別の話として。



[メモ]
・といっても相手側の都市が完全に透明なものになっているというわけでもないらしい。相手側の都市ではその街路が何に当たるのか、ということをよく知っていたりするからだ。本当に規範が強力ならば、そうした知識すら沈んでしまうようにも思う。
・ふたつの都市の他に実は第三の都市もある、というのは物語的には当然の帰結かも。構図としてきれいだと思った。
・設定だけみると戯画的だけど、でも御伽話や寓話のようなテイストでは書かれていない。細部に渡り緻密に描写され、説得力を持っている。現実のヨーロッパのどこかに舞台を設定していることもリアリティを生んでいる。











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