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 酉島伝法 “皆勤の徒”






皆勤の徒 (創元日本SF叢書)

皆勤の徒 (創元日本SF叢書)






 これはすごかった。この何年かで自分が読んだSFのなかで洋邦問わずトップの位置に着床したと思う。
 後述するけど、読むのに多大な労苦を不可欠とするような文章で、流し読むことは無理。でも遅々と進むその歩みごとに受ける刺戟は比類ない。




 印象

 大森望による巻末解説を最初に目にして、半信半疑ながらも興味が上昇したことが読み始めたきっかけ。

あなたが手にしている本書『皆勤の徒』は、現代日本SFの極北にそそり立つ異形の金字塔にして、SF的想像力の最長到達点を示す里程標である。


 ……大絶賛。
 皮相的なプロモーション・トークだったらここまで断言するのはむしろためらうはず。最高レベルの賞賛語句をこれだけ畳みかけられると、さすがにどう見ても本物感がある。
 そして本編をめくると、現れる冒頭の断章は酒井昭伸的語感を彷彿とさせる造語と古語風言い回しの濃密なる数行。書かれた内容はどうも遠未来での宇宙規模の何かのようだが確たる意味はまるでつかめず。うんうん、でもこれはプロローグだからね、作品世界の雰囲気を最初に匂わす仕掛けなんでしょう?と思ってページを繰ると、文体は若干マイルドにはなってはいるものの同様に難解な語句がちりばめられ、あ、このままずっと続くんだ……、と読者に覚悟を迫る。
 単に使われていることばの問題にとどまらず、描写される事物に現在の世界からつながるようなものはほとんどなく、異質で見慣れぬ生態系がまわりすべてを埋め尽くしていることの不安感が止まらない。馴染みある語彙も皆無ではないけれど、それが示すものは臓腑だとか蟲だとか……生理的忌避感を喚起するバイオロジカルな異形物ばかり。そうかと思うと「社長」やら「営業」やら、現代的な語彙が唐突に登場したりもして、しかしそれらは文脈を考えるとまるで場違いであり、とにかく奇怪。



 表現

 文章も特徴的なんだけど、作者自身が描いてる本文イラストも忘れてはならない。
 ひとことで言って、狂気の世界。文章がただでさえ病的事物の描写を延々と続けているのに、それに加えてイラストまで。このような作品の創作に絵と文の両方からどっぷり浸かるというのは、実際に発狂しそう。
 もっとも、文章の方はそうは言いつつ意外と実質的な不快感はなかったりもする。造語・疑似古語で書かれているからか、思うほど生々しくなく、言語によるスクリーンで薄く防護されてる感じがある。


 といった感じで、この書の表現レベルでの特徴をまとめると、

  • 独特な言語使用 *1
  • 根源的嫌厭感が飽和する異界光景の「視激」

 といったあたり。


 ――というか現物見る方が早いか。冒頭の断章を引用するとこんな感じ;

銀河深遠に凝った降着円盤の安定周期軌道上に、巨しく透曇な球體をなす千万の胞人が密集し、群都をなしていた。その犇めきのなか、直径一万株を超える瓢形の連結胞人、〈禦〉と〈闍〉の威容があった。互いを呑み込もうと媒収をはじめて幾星霜、不自然な均衡を保つ二者の組織内部において、数多の惑星の生物標本より詞配された隷重類たちが、各々属する胞人組織に基づいて働き、落命と出生を繰り返しつつ多元的な生態系を組み上げていた。


 原典にはルビ振ってあるけど。その有無は語意把握や読書速度にあまり関係ないな。
 これは他言語翻訳不可能なタイプの小説。海外側の訳者に異才がいるなら翻訳自体はできるかもしれないけど、原典が持つこの感触は移し取ることはできないだろう。日本語を解する自分で良かった。



 内容

 何よりも重要なのは、単に興味本位な狂的世界として示されてるのではなく、背後にSF設定の堅固な支持が控えているということ。無秩序的妄想の産物のごとく思える諸々のすべてに、意味と来歴がきちんと備えられている。
 しかしそういったことは最初はほぼわからない。
 表現の独特さはページを開けばすぐわかる通り。でも内容を理解するのはとても難しい。ことばの把握にとにかく労力を要する上、登場する概念も変わったものばかりで、一読しただけではほとんど理解できない。遠未来なのか異世界なのかもはっきりしない。登場するキャラクターたちがいかなる存在なのかも見当が付かない。
 全編読み通すと一応なんとなく、あのとき出たあれがこれだったのか、というつながりがあって、おぼろげに全体像が見え始めてくる。初読時にはファンタジーっぽくもあるわけわからない異界と見えたものが、現代世界からつながっているものであり、そこに至るまでに筋道立った過程があったのだと言うことが。(こうした段階の構築こそがSFなのだと思う。)

 とりあえず設定を理解するには、巻末の解説を読むのが手っ取り早い。(……というか、これ読まずに初見でこの書の設定理解できる人がいたらすごい。再読しても自分だけでこの理解にたどりつける自信、ない。)
 設定上のキーはナノマシンと仮想世界。概略状況としては、暴走したナノマシンの蹂躙で滅亡/大異変を遂げた地球、そして宇宙への植民、その後異星環境および土着生物との遭遇により被る更なる変容、など。
 仮想世界の側面は作中では前面でフィーチャーされてる感じではないんだけど、それはフィジカル側のインパクトがあまりにも強いというせいもある。で、そのインパクトがあるからこそ仮想世界側がすごく深い意義を持ってくる。そのあたりは最後の『百々似隊商』と最初の『皆勤の徒』の二編で描かれていて、テーマ内容としては両界のこの対比がもっとも感慨あった。



 補足

 最後に念のため、半ば警告として大森望解説をふたたび引用しておく。

あまりに個性的すぎて読者を選びそうだし(だれが読んでもおもしろいとはとても言えません)、読むのにかなりの時間と労力を必要とするが、SFにストーリーやキャラクター以上のものを求める読者にとっては、最大級の興奮が待っている。*2

 これは全面的に正鵠突いてると思う。



 参考

著者オフィシャルサイト「棺詰工場のシーラカンス
   http://blog.goo.ne.jp/torishima_denpo
大森望 / 酉島伝法『皆勤の徒』解説(部分)[2013年8月]
   http://www.webmysteries.jp/sf/ohmori1308.html





*1:この言語感自体は完全に独特というわけでもなくて、先達はいろいろいると思う。断片的なレベルでこういう造語をおこなう例は数えきれない。でもここまで徹底して全体を書き上げたという意味でこの書は無比。

*2:このテクストすごく好き。前半は本書に関する単なる事実的言明だけど、後半はSFなるジャンルへのスタンスとしても同意。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell