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  “映画をめぐる美術 ――マルセル・ブロータースから始める” 2014.04.22. - 2014.06.01.







映画をめぐる美術 ――マルセル・ブロータースから始める Reading Cinema, Finding Words: Art after Marcel Broodthaers
 東京国立近代美術館





 映像系作品を中心とした企画展。
 言語と映像の関係をさまざまに考察したマルセル・ブロータースの試行をベースに6つの展示エリアが区分され、13名の作品を展示。

  • キーワード
    • フィクションと現実の不明瞭な境界
    • メタ構造の導入
    • 再構成

 ……これらは映像系現代美術一般に見られる基本的な主題かも。



 以下、良かった作品についてメモ。



theatre 1 Still-Moving

  • アナ・トーフ
    • “偽った嘘について”
      • 128枚のスライド・インスタレーション。悲しげな表情をした人物の静止画ポートレイトと、ジャンヌ・ダルクの異端審問記録からのテクストとが交互に映される。
      • 人物のスライドが次々に送られていくが、表情やアングルは微妙に異なっており、スライドとスライドのわずかなインターバルが鑑賞者の脳裏に補完残像を刻むような気がする。
      • テクストは黒地に白字のため、暗い展示室へ枠なしで浮かび上がるような感じ。
      • スライド映写機の音も作品鑑賞の不可欠な要素だと思える。
      • 迫害/尋問のテクストと被写体/演者の関係。被尋問者の弁明を既に虚偽と断ずる尋問側テクスト←→被迫害者を演じる女優の虚構性。
      • 映像として直截的におもしろいというわけではないけど、要素とその構造についていろいろ思索を促すという意味でおもしろかった。
    • “露わにされた真実”
      • プリントされた写真に “Vétité(真実)” という語が書かれた作品。写真のなかに真実は映っておらず、真実はあとから書き加えられたものだという構図。(cf. ゴダール「映画とは毎秒24回の真実だ」)


theatre 2 参照・引用 [シーン1]

  • ピエール・ユイグ
    • “第三の記憶”
      • 実際に起こった銀行強盗事件と、それをモチーフとした映画『狼たちの午後(監督:シドニー・ルメット、主演:アル・パチーノ)を題材とした作品。銀行を模したスタジオ・セットで実際の犯人に当該事件を再演してもらっているのだが、フィクションと現実が混濁するようにつくられていて、彼が再現しているものが実際の事件なのか映画のものなのかが曖昧で決定不能
      • 演じている犯人は、強盗を実行する前に士気を高めるため仲間と『ゴッドファーザー』を見たと言っていて、登場するアル・パチーノへの憧憬を語っていたりする。自分の起こした事件を描いた『狼たちの午後』でまさにそのアル・パチーノが主演していたりするので、虚構構造が三重になっている。(『ゴッドファーザー』→実際の銀行強盗→『狼たちの午後』→『第三の記憶』)
      • 異なるふたつのアングルで撮影し、それがふたつの画面で投映されている。
  • やなぎみわ
    • “グロリア & レオン”
      • これも二画面での作品。部屋のコーナー部で互いに直角になるように投映されたふたつの映像。
      • ふたつの映画『グロリア』(監督:ジョン・カサベテス)と『レオン』(監督:リュック・ベッソンを演劇部の女子高生らしき女性たちが演じている撮影風景を映した作品。片方の画面での演技をもう片方の画面で残りの部員が進行係や撮影スタッフとして見守っていたり、次のシーンの舞台準備をしていたり。
      • 演技がわりと素人っぽい感じなのがピエール・ユイグ “第三の記憶” での「素人たちによる実事件の再現」と好対照。



theatre 4 参照・引用 [シーン2]

  • エリック・ボードレール
    • 重信房子、メイ、足立正生のアナバシス、そして映像のない27年間”
      • 実在のテロリストの逃亡生活を、記録素材がほとんどないところから再構成しようという試み。
      • 語りのテクストと風景映像による再構成。


theatre 5 テクスト

  • アクラム・ザタリ
    • “明日にはすべてうまくいく”
      • タイプライターに綴られていく元恋人ふたりの会話テクスト。左側には黒い字で示されるテクスト、右側には赤い字で示されるテクスト。黒い字は唐突に浮かび上がるが、赤い字の方は、タイピングされるのがリアルタイムで撮られている。
      • タイピングの動きと音が醸す強い物質感。(タイピングの音は隣の展示室にも響いて聞こえるほど。)
      • 物語とその語られ方としておもしろかった。こういう物語形式(メディア)は初めて見た気がする。
      • 赤い字の方は途中で何度かタイピングミスがあったりする。(戻って打ち直される。)
        黒い字の方はリアルタイムでタイプするわけではないのでミスはないと思いきや、一個所誤字があったりする。
      • 途中の “(telephone rings)” っていうテクストがけっこう不思議。タイプされたテクストなのだけど、実際に電話音が鳴っていることを示しすト書きのようにも見える。
      • 顔文字が打たれたりするのもおもしろい。
  • アンリ・サラ
    • インテルヴィスタ
      • 作家が家で見つけた古いフィルムには、母親が若い頃、ホッジャ政権下のアルバニアでの労働党大会でインタビューを受けている光景が映されていた。しかし音声が残っておらず、何を語っているかがわからない。母親も自分が何を語ったのか記憶にない。聴覚障害者によるリップ・リーディングによって発言内容が再現されるが、彼女は当時の自分の思想が現在とまるで違っていることに困惑する。
      • 音声の残っていない古いフィルムに対し、リップ・リーディングで「再取得」された発言内容が字幕で付され、ふたたび台詞付きのフィルムとして映される、という図式。
      • 映像と記憶、記録。
  • マルセル・ブロータース
    • “シャルル・ボードレールによる映画”
      • 詩人の船旅をテクストで語る映像作品。日付と、断片的で暗示的な単語とで構成される。


映画をめぐる美術。「映画」そのものではなく、映画をめぐる「美術」。このタイトルが指し示す展覧会とは、いったいどんなものか。まずは英語のタイトル「Reading Cinema, Finding Words (映画を読む、言葉を探す)」が、ひとつのヒントになるかもしれません。映画とは視る(そして聴く) ものだ、というのが普通だとして、この展覧会では、映画を「読む」ことが問題になります。
では、ここで言う「映画を読む」とはどのような行為か。次にヒントになるのが、サブタイトルの「マルセル・ブロータースから始める」です。マルセル・ブロータースとはベルギー出身の芸術家の名です。オブジェや写真・短編映画の制作、著述活動など幅広い創作を展開したブロータースは、1960年代半ばから70年代半ば、戦後美術の転換期に唯一無二の存在感を示しました。
この展覧会がブロータースから始まるのは、彼が、自身の映画を言語の拡張として捉えていたことによります。もともと詩人として出発したブロータースが最終的に映画に行き着いたのは、映画の「動く像(moving image)」という特質を、言語にないものとして重視したからではないようです。ブロータースの映画の特徴は、普段は当たり前すぎて気にも留めない言葉やイメージが、不透明で見慣れぬ、ノンセンスなものとして立ち現れてくることにあります。そのような事態を前に私たちは、言葉とイメージの間、言葉と言葉の間、そしてイメージとイメージの間を跳躍し、自らそこに接続線を引くような行為、すなわち映画を「読む」ことへと誘われていきます。
本展覧会は、ユーモラスかつエレガントな振る舞いで、言葉とイメージの関係を浮かび上がらせるブロータースの実践を手がかりに、現在、国際的に活躍する美術家13名のフィルム、写真、ヴィデオ、インスタレーション等の作品を読み解いてみようという試みです。
美術館で映画を読む、それはきっと刺激的な体験になることでしょう。
(展覧会公式サイトより)








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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell