“How to Live Safely in a Science Fictional Universe”
2010
Charles Yu
ISBN:415335015X
SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
- 作者: チャールズ・ユウ,朝倉めぐみ,円城塔
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/06/06
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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タイムトラベルをモチーフにした小説。SF要素を散りばめてはいるものの、ハードな科学原理に依拠した物語というわけではない。寓話とまでいかないけど、ちょっと不思議なファンタジー寄りSF、っていう系統。
タイムマシンの作動原理が「継時上物語学」なるものに基づいていると言えばだいたい世界観は伝わりそうな気がするし、「言語」や「テクスト」「メタフィクション」が仕掛けとして絡んできそう、というのも想定できると思う。
日本語版は、円城塔による翻訳というのが話題ポイント。原文の文体とすごく相性合ってそうな感じはある。円城塔本人が原作者だと言われてもそう思ってしそうなぐらいしっくりきてる。
(以下、ネタバレ含む)
- 全体的な内容については、こちらのレビュー → http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-06-13 で書かれている「青年期モラトリアムの自己ループからの脱出」というテーマ解釈に同意。
- ……ではあるんだけど、巻末がちょっとトリッキーなのが気になっている。
- パート31で本編終幕、補遺Aによって小説として完了、というところまではいい。
次に謝辞が来るので、ここで「ああ、終わったんだな…」と思うんだけど、ページをめくると「はじまりの物語:宇宙13」というパートが出てきて不意を突かれる。このパートの次にようやくゲスト解説があって、今度こそほんとうに終わったんだとわかるわけだけど、この「はじまりの物語:宇宙13」というパートの意味がよく掴めない。 - 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』の末尾で、きれいに終わったかと思ったら全編を覆すようなパートが最後に控えていたのを思い出した。
- 「はじまりの物語:宇宙13」は、本編とどのようなつながりがあるのか。
考えられるパターン:- このパートの語り手である「わたし」が本編の「僕」である
一人称代名詞が異なるのは注意点か。――ただしそれは円城塔の解釈によってそうなってるだけという可能性もある。 - 本編の「父」の過去がこのパートの「わたし」である
13歳の頃はまだ台湾にいただろうからこのパターンの可能性はなさそう。 - 本編の「僕」の未来がこのパートの「父」である
- あまり直接の関係を持たない別バージョンの自分のひとりである
- まったく無関係の別人
- このパートの語り手である「わたし」が本編の「僕」である
- このパート内で世界分割が起こっている。これはp88で語られている分割したグレーター・トウキョウのこと……?
本編はあたかも父親を探す物語のように語っているけど、実は行方不明なのは父親だけじゃなく、弟も失われていた――という可能性もあったりするのかも?- 本編があのように展開し結末を迎えた結果、世界が分割した……とかもあり得る?
- 分裂は13歳のときだったと書かれている。
一方、本編では10歳・16歳・17歳・20歳…あたりの自分が登場する(想起される)。世界分割という重要なできごとが13歳の時点で生じていたとすれば、本編の回想で触れられていてもおかしくはないのだが……。 - あまり本編とは関係なくて、単に周辺の付随的なエピソードとして書かれてるだけかもしれないけど、でも何か仕掛けがあるって考えた方がおもしろい気がする。
- パート31で本編終幕、補遺Aによって小説として完了、というところまではいい。
メモ
- 後半からは完全にメタフィクショナルな構造に移行する。
- 「この本自体」が駆動源。書く・読む・書かれる・読まれる・ということが物語を進める。
- 文法時制とタイムトラベル。
- 「継時上物語技術」っていうのがとってもナラトロジー的で良い。
- 「物語」「言葉」「テキスト」というのを重要な要素とする小説。これには、移民の言語環境という作者のバックグラウンドも関係していると思う。
- TM-31のUIである女性格プログラム「タミー」の文体。丁寧語として訳されているけど、これをカジュアルな友達口調と訳したらだいぶ雰囲気が変わってただろうし、主人公とタミーの関係および最後の別れの意味合いも違っていたような気がする。
- “こうして僕らはかつて一度も出会わなかった”
このあたりの文章、何とも言えない妙があった。
- あと、このテキストも銘記しておかなければ。
“物質の剥き出しの物々しさ、純粋に物理的な部品、衝撃に弱い乱数生成期のワイヤーとダイオード。世界のデータ。世界であるデータ。あらゆる可能世界、そうなったかも知れない、そうあるべき世界の、そうであったかも知れない世界の、それを見つけるためには超高感度の測定器を厳密に調節しなければ検知できない隠れた微小世界のデータに、データに圧倒されていく”
――この文章のドライブ感は、『ディファレンス・エンジン』末尾の文章に匹敵するかもしれないなぁ・・・。
この小説におけるタイムマシンの技術的原理
理論背景として「継時上物語学」と「量子論」のふたつによって成立している。このふたつは、“量子力学の形而上的解釈”によってつながっているっぽい。
“クアッドコアの物理エンジンに載せられた六気筒の文法ドライブは、応用時間言語学的なアーキテクチャを提供し、そいつはレンダリングされた環境、つまりたとえば、物語空間なんかにおける自由航行を可能とする”
“現在-不定形は本物のギアでさえない。航行制御の便宜上の存在なのだ”
- 継時上物語学
- 万能タイムマシンの構成要素とは、「記憶」と「想定」。すなわち、タイムマシンの構成には「記録媒体」と「叙述」が必要。
ただし実はこれらには「SF的な空間の中で」という前提が付いている。 - “継時上物語学は過去形に関する理論であり、想起の理論である。これは基本的に限界を規定する種類の理論である”
- 時制オペレータ
- 精神に作用する認知エンジン
- 視覚認知精神出力捕捉ゴーグル
- 万能タイムマシンの構成要素とは、「記憶」と「想定」。すなわち、タイムマシンの構成には「記録媒体」と「叙述」が必要。
- 量子一般相対論