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 アンディ・ウィアー “火星の人”



“THE MARTIAN”
 2011
 Andy Weir
 ISBN:4150119716



火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)






 近未来、科学と工学が現在と本質的には変わらない程度のレベルにある時代設定での火星探査の物語。
 アクシデントによって火星にひとり取り残されてしまった探査隊員のサバイバルを、科学的に妥当な説明のもとに描いている。

 つまりこういうことだ。ぼくは火星に取り残されてしまった。〈ヘルメス〉とも地球とも通信する手段はない。みんな、ぼくが死んだものと思っている。そしてぼくは31日間だけもつように設計されたハブのなかにいる。
 もし酸素供給器が壊れたら窒息死。水再生器が壊れたら渇きで死ぬ。ハブに穴があいたら爆死するようなもの。そういう事態にならないとしても、いつかは食料が尽きて餓死する。

 次から次へあらたな問題が発生しつつも、この小説のトーンは基本的にポジティブ。上掲の引用個所に続くパートでは、ひとまず絶望に嘆いて眠りについたあと即座に気持ちを切り替え、手持ちのカードを確認して現状で可能な対処を考察し始める。
 必要な生存環境・食糧をいかに確保していくか。地球への帰還手段はあるのか。
 設営済の基地や探査車をうまく活かしていけば水・空気の生成や室内での農業も不可能ではないことが確かめられる。超技術が御都合主義的に登場するようなこともなく、現実に火星探査がおこなわれるのであれば使われるであろう技術や器具からの応用によって薄氷の活路が開かれる。
 こうした努力の結果、4年後に予定されている次期火星探査隊到着までの水・食料の目途、そして通信手段すらも得て、探査衛星で見守っていた地球側との交信にも成功。しかし更なるトラブル発生によってせっかく得た通信手段も喪失してしまい、ふたたび孤立環境での生存を余儀なくされ、次期探査隊〈アレス4〉到着予定地への大遠征をたったひとりで開始する…… といった内容。

  • 物語の展開・進展の仕方について。
    • 次々襲う困難に対し「あ、あれが使えるかも!」という発想で切り抜けていく構図。「物語における苦難がいかに切り抜けられるか」という点から見てもおもしろい。「実はこういう設定でした」という後出しの解決ではなく、現実の科学技術や宇宙開発史に即したリソース活用で徹底されるところが。
    • たとえば、探査車に不足していた暖房手段をいかに得るか。あるいは基地から完全に失われた通信手段を、広大な火星上のどこから入手するのか。特にこのふたつについては瞠目感があった。
  • 状況設定について。
    • チリの鉱山事故および救出経緯、あるいはクラークの『渇きの海』などを思い起こした。
      閉塞・孤立状態にある遭難者と、救出しようとする外部支援者との関係が似ている。
  • 人物・心理描写について。
    • 一人称描写なので個人のサバイバルに意識が向けられる。
      語り口は軽妙でユーモラス。
      しかし、自分の人生・パーソナルな側面への言及がほとんどないというのは大きな特徴かも。
      多少ないこともないけど……でもそれは内省に結びつかない。あくまで火星での現況説明の一環として使われるだけ。

追記
 映画版『オデッセイ』の感想:http://d.hatena.ne.jp/LJU/20160117/p1






NASA Panoramic View From 'Rocknest' Position of Curiosity Mars Rover in Oct. and Nov. 2012
Public Domain







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―Angela Mitchell