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 “メッセージ”






“Arrival”
 Director : Denis Villeneuve
 US, 2016


 テッド・チャンの短編『あなたの人生の物語』の映画化作品。
 良い映画になっていると思う。
 原作は短いページ数に説明と思弁性をコンパクトに集約した小説。映画版はそうした要素を少し切り詰め、代わりに宇宙船描写や危機展開などの劇的要素を増すことで 116分の映画作品へまとめ上げている。
 映像化の賜物として、何よりヘプタポッドの文字が具体的表現で示されたのが良かった。文字の形状や記述過程は言うまでもなく、人類側がソフトウェアのサポートで文字を表示する一連のディテール描写も含めて、非常に視覚的な説得力があった。


 珠玉の短編と呼ぶにふさわしいあの小説に思い入れを持つ者のひとりとしては、やはり原作との比較で見ずにいられない。
 差異が多々ある中、特にテーマに影響しそうな重要な違いは、映画版では言語のパフォーマティヴ(遂行的=演劇的)な機能に触れられていないところだろうか。
 原作はこの点を語ることで、未来に向けた「意志」「決定行為」という要素を強調している。決定論的世界と自由意志という問題を背景に感じさせながら、未来に対する主人公の能動性が表されている。けれども映画版の方は携帯の番号を知るシーンに象徴されるように、未来を受動的に知る図式が前に出ていて、主体的に選択を為すというより流れに身を任せているようになっている面が否めない。
 とはいえ最終的には同じ結論に帰着してはいる。「未来を知ってもなお現在においてその行動を決定するのか」という問いに肯定的姿勢で向き合うという点は変わっていないし、最重要の選択がラストで同じように為されるので、テーマは維持されている。

 細かい差異を挙げれば切りがないけれど、にもかかわらず真髄が失われずしっかり残っていて、なおかつひとつの映画作品としてもきれいに成り立っているというのは、映画化としては紛うことなく成功していると言える。
 相違点の数々は、小説と映画の目指すところの違いとして捉えることもできる。完成度が高いからこそ、ひとつの長編映画として適切な文法・所作を備えるためにどのような要素を付加し何を削ったのかがよくわかる。(たとえば原作で出てくるネルソンが映画版では存在しないというのはわかりやすい個所。)


 また、両者の違いは、小説が文字で語られることと映画が映像として表されることという表現媒体の違いに帰因するところもある。

  • たとえば、映画という表現形式だと「記憶」と「未来視」の区別がつかない。だからミスリーディングが可能となる。
    小説の場合は「時制」がひとつの明確な手がかりとなる。これは原作の記述スタイルを大きく特徴付けている要素でもある。(「あなたは〜するでしょう」という二人称未来形の記述)
  • 映画版では未来視が同時進行的に生じている。(彼らの言語に触れた瞬間から未来視が始まっている)
    原作だと彼らの言語を習得したあとに、調査期間の回顧とその時点からの未来の想起とが交互に語られている。
  • 原作に出てくるけれど映画に出てこないキータームは、「フェルマーの原理」「三世の書」。
    逆に映画に出てくるけど原作には出ていないものは「サピア・ウォーフの仮説」。
    • 映画:「サピア・ウォーフの仮説」→言語が認識(現実・世界)を形成する。
    • 原作:「三世の書」→決定論的未来を知ったときそれに反する行動は選択しなくなる、というのが自由意志の問題とどのように折り合うか。→言語の遂行性
  • 映画内ではヘプタポッドの言語に時制がないと指摘されているが、これは映像・映画の特性にも通じるものがある。映像は文字言語の時制のように未来/現在/過去を区別する形式を内在させていない。映画版では主人公が未来そのものを実際に体験しているかのように表されているが、これは映像が時制を持たない(語り手なしに物語を提示することができる)からこそ可能な描写だ。
    「現在と見分けられない全体験的な未来視」という原作と異なる描写は、映像が持つ無時制性に導かれたものとも考えることができる。そしてそのような未来視のあり方がミスリーディング的な物語提示につながり、作品の全体構造を決定付けることとなっている。
    一方、文字による表現形式である小説の方は、時制による区別を積極的に用いて最初からミスリーディングを回避し、未来に対する意志の問題へテーマを焦点化している。

 このように、同じテーマでありながら表現媒体の違いで提示手法や物語構造が変わってくるという姿をふたつの作品の比較から見て取ることができる。





 
 

IMDb : http://www.imdb.com/title/tt2543164/






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―Angela Mitchell