科研費に助成された共同研究「現代中東・アジア諸国の体制維持における軍の役割」の成果として編纂された本で、14人の著者による論文集。
近年、中東や東南アジアなどの発展途上国において、軍が政治の舞台へ再登場する事態が見られる。たとえば2010年の「アラブの春」や、2014年のタイのクーデタなど。
背景には、2001年以降の世界で「国家が物理的暴力装置を独占する」という近代からの原則が崩壊したことがある。国家の一元的管理、軍を管理する政権の統治正当性、国家・国民に起原を持つ物理的暴力装置、といった古典的政軍関係論の前提がいずれも抜け落ちた状態下では、軍と市民社会の関係は多様な様相を示すようになっている。
こうしたなかで 軍-政治権力-市民社会 の関係をどのように捉えるか、というのが共通テーマ。
政軍関係の安定・不安定
クーデタの抑制
- クーデタ耐性
- 軍によるクーデタを抑制するために、政治権力が軍と別系統の軍事組織を設立し相互に牽制させることがある。(準軍事組織や治安組織など)
武力を有するアクターが相互に独立して複数存在する制度は、アクターが一致結束して独裁者に反旗を翻すことを困難にさせ、クーデタを起こしにくくする効果を持つ。 - 一般にクーデタ耐性の議論では、正規軍の方が離反しやすく、治安機関は独裁者に忠実と想定されている。(正規軍は体制・政権によらず国に常に必要な存在であり、独裁政権が倒されても組織は存続すると見込まれるので離反しやすいが、独裁体制下で発達した治安機関は国内の反体制勢力の弾圧を中心的に担う勢力であるため、独裁者と一蓮托生であることが多いため)
- 政治的不安定状況でもクーデタが起こらない場合
- インドネシア [第12章]、マレーシア [第14章]
権威主義政権の崩壊後の民主主義
- ユーゴスラヴィア [第7章]
- フィリピン [第10章]、エジプト [第4章・第11章]
- 権威主義政権崩壊後に宗教を基盤とした勢力が台頭
- 世界の各地域でしばしば見られる現象
- エジプト [第4章]
国軍
- 制度化された軍と家産的な軍
- アラブ諸国(イエメン) [第6章]、タイ [第3章]
- 国軍を根幹とした経済体
- エジプト [第4章]、パキスタン [第5章]
第Ⅰ部 政治権力と軍 ──国家建設の過程──
第3章 タイのクーデタ ──同期生から「東部の虎」へ── 玉田芳史
第4章 スィースィー政権の権威主義化にみるエジプト国軍の役割 鈴木恵美
「1月25日革命」で国民が否定したのは、ムバーラクの国民民主党政権だったのか、それとも、その政権が拠って立つ国軍が中核となった共和国体制そのものであったのか。
この問いと矛盾を抱えたまま軍部の管理監督するなかで民主化を歩んだことがそもそもの混乱の原因。
この問いと矛盾を抱えたまま軍部の管理監督するなかで民主化を歩んだことがそもそもの混乱の原因。
第5章 パキスタン政治の変化と軍の役割 井上あえか
司法界は、公益訴訟を通じ、国民の基本権に関わる社会問題について自発的に介入する制度的・法的根拠を拡大し、基礎を固めていった。
→司法界が政治家の不正を告発することで政治に新しいパターンをつくり出す。
→司法界が政治家の不正を告発することで政治に新しいパターンをつくり出す。
第6章 イエメン・ホーシー派の展開 松本弘
イエメンでは、あらゆる政治的アクターが、具体的な政治目標を持たずに行動している。
軍の制度化と家産化が同時に進行したというのがイエメンの政軍関係の最も大きな特徴。
軍の制度化と家産化が同時に進行したというのがイエメンの政軍関係の最も大きな特徴。
ミロシェヴィッチがクーデタ耐性を高めたにも関わらず軍と治安機関の離反を防げず政権崩壊が果たされたのはなぜか。
→大衆蜂起があったからこそ特殊部隊の離反があった。その意味ではやはりミロシェヴィッチ体制崩壊はクーデタではなく革命と呼ぶべきである。
→大衆蜂起があったからこそ特殊部隊の離反があった。その意味ではやはりミロシェヴィッチ体制崩壊はクーデタではなく革命と呼ぶべきである。
軍事能力と象徴機能の両立というジレンマを克服できなかったのは、政治による軍への介入に起因する軍の制度化の不徹底が理由。
レバノン軍は、政治家間および宗派間の相互監視によって二重に牽制される。
→「機能していないから信頼されている」という逆説的テーゼ。(国軍の象徴と機能のトレード・オフ)
→「機能していないから信頼されている」という逆説的テーゼ。(国軍の象徴と機能のトレード・オフ)
第Ⅱ部 市民社会と選挙 ──軍の位置づけ ──
なぜ再び軍部の政治的影響力が拡大し民主主義が不安定化したのか(民主主義のジレンマ)
第11章 エジプトにおける2つの「革命」と社会運動 横田貴之
大統領辞任というひとつの単純明快な要求が、蓄積された民衆の不満を糾合。
この革命の帰結をどのようにみるのかによって、暫定統治下の社会運動の活動方針が分かれた。
ムルスィーに幻滅して結成されたタマッルドは、再び単一フレーミングと大規模な路上抗議運動によって軍が介入せざるを得ない状況を創出し、最終的に二度目の「革命」を成功させた。
しかし以後、スィースィーによる市民社会の非政治化の試みに伴い、社会運動は大きく制限されることとなる。
この革命の帰結をどのようにみるのかによって、暫定統治下の社会運動の活動方針が分かれた。
ムルスィーに幻滅して結成されたタマッルドは、再び単一フレーミングと大規模な路上抗議運動によって軍が介入せざるを得ない状況を創出し、最終的に二度目の「革命」を成功させた。
しかし以後、スィースィーによる市民社会の非政治化の試みに伴い、社会運動は大きく制限されることとなる。
第13章 イランにおける制度的弾圧と一般国民 ──抑圧的体制下の争議政治としての競合的選挙── 松永泰行
非民主的な政治体制にもかかわらず、競合的な選挙が、一般国民が投票者として有意義な役割を果たすことで成立し、事前の不確実性を伴った選挙結果が生み出され、政治的に尊重される;擬似的政権交代。
(民主的選挙の最小限の要件のひとつ:事後の不可逆性および反復可能性を伴い、事前の不確実性がある中で事後の不可逆性および反復可能性のある政権交代を実現する選挙)
イラン大統領選挙は、権力関係における意義申し立ての手段として機能している。
イランの最高指導者は、何にも縛られない専制君主ではなく、一定の縛りの下で権力を行使している。最高指導者であっても、正当な根拠なくこの擬似政権交代を蔑ろにすることはできない。
(民主的選挙の最小限の要件のひとつ:事後の不可逆性および反復可能性を伴い、事前の不確実性がある中で事後の不可逆性および反復可能性のある政権交代を実現する選挙)
イラン大統領選挙は、権力関係における意義申し立ての手段として機能している。
イランの最高指導者は、何にも縛られない専制君主ではなく、一定の縛りの下で権力を行使している。最高指導者であっても、正当な根拠なくこの擬似政権交代を蔑ろにすることはできない。
民主的な競争で負けても、排除されることはないという相互安全保障がエリート間で確立することが、安定的民主主義実践の条件のひとつ(ロバート・ダール)
おわりに