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グレッグ・ベア “鏖戦/凍月”

“HARDFOUGHT / HEADS”
 1983, 1990
 Greg Bear
 ISBN:4152102268




 グレッグ・ベアの中編『鏖戦』と『凍月』を収載したもの。
 特に『鏖戦 HARDFOUGHT』は、自分にとってSFのなかでのオールタイム・ベスト。
 最初に読んだのは『80年代SF傑作選』のなかでだったけど、今回の解説にも載っている初出誌コメントがそこで提示されていた。

作者紹介の前に警告を。あなたが読もうとしている作品は、これまで本誌に載ったどんな作品とも違います。難解です──就寝前にさっと読める代物ではありません。けれどもこれは、とても読み甲斐のある作品です。読むのにかけた時間と労力を、あなたが後悔することはないでしょう。

 ここまで唯一無比を謳う解説コメントもなかなかない。この紹介文のインパクトがすごくて、ある意味作品本編と常にセットで載せるべき文章だと思っているのだが、中身を読むと実際これに違わぬ内容。40年も経った現在に見返してもまったく評価は変わらない。
 山岸真による本書の解説でも「最上級の傑作SF」「ノヴェラに絞ればこれが第一位」「作者が自身の最高傑作と呼んだ作品」と賛辞があふれていて、ただ同感するばかり。


 内容を自分で要約することにすら快楽があるというような作品なので、あらためてまとめておくと、
──遠未来。技術的・社会的・生物的に変貌を遂げた人類の子孫が、異質な知性種族と生存をかけて終わりなき戦争を続けている宇宙。人類側の戦闘員であるプルーフラックスと敵種族の研究員である阿頼厨は局地戦で対峙し続けていたが、阿頼厨の研究と両陣営の情報記録テクノロジーを媒介としてふたりの運命は交錯し、互いを理解する境地へ肉薄しつつも、巨大な戦争の構造に翻弄され悲劇的な末路を辿る。
──といったところ。

 異質な敵種族を独特の言語感覚でみごとに描き分けたという点で、酒井昭伸翻訳の最高作品であるとも思う。
 なお、今回いくつか訳が変更されている。メランジェ→メランジ、蔵識房→蔵識洞。マンデイトに「全人類通艦」、オーバーに「上位者」という語を当てたり。
 ただ、「あなたは研究職に配属されたわ」という訳文はそのままだった。原文は "You have been receiving a researcher." で、これは「あなたは研究者を受容し続けてきたわ(=研究者と性的関係を持ち続けてきた)」という意味。(だから "Has that been against duty?(軍規に反することでしたか?)"という台詞が続く)


 むかしから思ってるんだけど、この作品は絶対いつか誰かがアニメ化すべき。
 最後にあらわれる、より進化した戦闘者のイメージとか特に。
 次のシーンもすごくアニメ的だと思う。

プルーフラックスとその影は力の渦に巻きこまれ、双子の彗星のように絡みあった。一体は赤、一体は鈍い灰色──。
「だれ!」フィールドのなかで相手に接近するや、プルーフラックスは叫んだ。
 彼我のフィールドが融合する。がっちり組み討った。周囲はしだいに昏くなっていく。その混乱のただなかで、彼女は敵とともに原始星から引きずりだされた。そこでついに、相手の顔を見た。
 わたし──?

 敵種族が人類を研究しようとつくりあげた「人間と施禰倶支の中間体」というのもアニメと親和性高い設定だと思う。

 種子船
 はまるで
 翳のなかの翳
 全長は二十二キロ、それでも
 乗せている胞族は
 たったの
 六つ
「出撃」飛翔!

 改行を自由に駆使してリズムをコントロールし、スピード感を強調する文体。

徐々に徐々に、脱出洞がより単純な次元へ滑落していく。
まるで存在しなかったかのように。

 SF的ダイナミズムの描写。
 無相角テクノロジーの原理もとてもよい。

「物質は夢を見るんだ」十年も前、ある教官がそういった。「みずからが現実であることを夢見て、つねに結果を出すことにより、物質は法則をねじ曲げ、その夢を維持する。その夢を攪乱するには、法則の歪曲が不定の結果をもたらすようにしむけてやればよい。そうすれば、物質はみずからを保持できなくなる」

 こういうSF的超テクノロジーのリリカルな描写についてはベアは突出している。(『飛散 Scattershot』での超光速航法を説明する台詞とか)

 そして本作品は特にテーマが切なく詩的。

「しかし、みずからの心を荒廃させてまで勝利すべき戦いなど──それほど重要な戦いなど、ありはしない」


 恒常的戦争状態へ身体と社会構造を徹底して適応させた人類。そのなかでの個人の悲哀と微力な抵抗というのが物語の軸にあり、そこにグラブや無相角、時縛繭といった豊富なSFガジェットを絡ませて、コントラストの効いたふたつの勢力とその戦争──文字通りの “鏖戦”ハードフォートを描いていく。それらが中編のなかに高密度に詰め込まれながら、強い印象のラストへ疾走して収束する。
……もう一度言うけど、とにかくこの作品はアニメ化される必要がある。


 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell