ファンタジー。“凹村戦争”と印象は似ている。平坦な日常。でも世界は、変えなければならない対象で。最後には巨大なカタルシスが訪れるが、主人公の心境はあまり変わらなかったりする。
影。つくられたもの。魔法の限界。示唆的な言葉が並ぶ。かなり凝った構成だと思う。一回滅びた世界。世界は影。封印された大魔法使い。世界は魔女の見る夢? 被造物が世界を超え得る可能性を秘めている、というところがSF的。複製を簡単につくり出して目的に応じて使い分けていくのは、イーガンみたい。
でも、魔法では行けないけど、科学でなら行けるかもしれない世界、って何? 逆ならありそうなんだけど。
魔法の限界って、物語の限界、なのかな。
サブタイトル:“Ça ne fait rien サン・フェアリー・アン”。主人公の魔女の名前であり、ファージョンの小説のタイトルから付けられている。イギリス俗語で「どうでもいいさ」という意味とのこと。
「どうでもいいさ」というのは、既にできあがった世界に対するある種の反抗の言葉のようにも聞こえます。
あとがきのこの言葉は、作者の〈世界〉に対する基本的なスタンスを表している。“世界に見放されている”という台詞といい、前作からテーマが一貫してる。
もうひとりの主人公、魔法が使えない少年が持つものは、ひたむきさと、一握りの疑念。どうでもいい、という一方でのこの純粋さ。努力してるし、結局迷いは晴れるし。
適当な/いい加減な/ゆるい/画風だけど、それはやるせなさの・あるいは焦燥の裏返し。世界に対抗するための戦略的態度。