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 神林 長平 “帝王の殻”



帝王の殻
 神林 長平
 早川書房
 ISBN:4150305242


0..
「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」「膚の下」で構成される三部作の一冊。
三部作と言われているが、背景を共有しているだけで、物語もテーマもそれぞれ独立している。

[世界背景]
 人類が火星進出を果たした時代。地球-月間の殲滅戦によって、月は失われ、地球の大洋は干上がり砂漠となっていた。残存したのはわずかな地球人と、既に火星へ定住していた人類たちのみ。地球人は、荒廃した地球を生存可能な環境へと再生するために、機械人とアンドロイドによる地球再生計画を始動。自分たちはその間、火星の地下で凍眠する。250年間という契約を火星政府と取り交わして。

[物語の順序] 出版順とちょうど逆になる。*1
 地球人が火星凍眠を開始した頃... 「膚の下」 2004 ISBN:4152085614
 その160年後... 「帝王の殻」 1990 ISBN:4150305242
 その130年後... 「あなたの魂に安らぎあれ」 1983 ISBN:4150302154
なお「膚の下」を先に読むと、「あなたの魂に安らぎあれ」の重要なネタバレに触れてしまう。
自分の場合は「膚の下」から読み始めてしまったのでもう遅い。「帝王の殻」はあまり他の二作と関連するところは少ないようだが。
あとは「あなたの魂に安らぎあれ」だけ。「膚の下」を読んでしまった後でも楽しめるのだろうか..。だいぶ古い作品でもあるし。しょうがないけど。


1..
 「帝王の殻」の時代では、火星人たちはPABと呼ばれる人工副脳を各個人が所有している。これは所有者の脳構造を緻密に模したもので、幼少の頃からPABと対話を重ねることで、自分の分身といってよい精神を持つに至る。火星人はそうした自己の分身であるPABを常に側に置き、対話の相手とすることで、自分の精神の安定を保つのだ。また所有者の死後はアーカイヴに保存されることになり、事実上の不死性を持ったものでもある。
 PABは機能的にはイーガンにおける〈宝石〉に近い。決定的に違うのは、PABの場合はその持ち主と身体を共有していないこと。PABは銀色の球状の機械で、独立した移動機能を持ち、針状肢による防衛能力も備えている。身体性というものが精神にとっていかに大きな意味を持っているか。それはPABと所有者の差異にとどまらず、機械人の自己のあり方や、PABを利用して人間に成り代わろうとする機械知性の限界などにつながる、この作品の主題のひとつである。
 もうひとつのPABの特性は、それが独立した機械ではなく、ネットワークを通じてアイサックと呼ばれる中枢システムに繋げられた端末でもあるということ。こうした仕組みはPABのバックアップを目的としてつくられたものだが、その裏で、人間とPABをより強く融合させる計画が進んでおり、この計画の完遂後には、すべての人間がネットワークによって制御され得る可能性につながる。これは物語の主たるプロットを成していく。


2..
 神林長平の作品では、「言葉」「会話」「コミュニケーション」がひとつの大きなテーマ。
 話しても完全にはわかりえない。けれどもすべては会話から始まる。というスタンス。
“まず、視覚だ。PABが主人の視覚を得るとなると、音声入力とは比べものにならないほど大量の情報が効率よくPABに入力されることになる”
“主人の視覚能力をPABに与えたところで、より人生の真実が記録できるとは思えん。そんなのは即物的だ。それなら犬のPABでも造れる。人間は犬とはちがう。そうじゃないか? 人間は言葉によって創られるのだ”



*1:年数は地球年(火星年は地球年の1/2)。「帝王の殻」5章 梶野少佐の台詞による。






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―Angela Mitchell