::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

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 古川日出男 “LOVE”

LOVE









01..
この小説は何?と聞かれたならば、端的には群像劇だと答えるだろう。
登場人物は、多い。
さまざまな登場人物が現れ、それぞれに焦点が当てられては次の人物に焦点が移り、そうして次々と物語が短い連続としてつながっていく。
各章はそれぞれ登場人物のうちのひとりによって一人称で語られ、他の登場人物を二人称で呼びかけてその内面を語る形式となっている。
一人称で語る語り手は、最初は誰だかが明かされず、章の終わりになって初めて表明される。
もしこの語り手を主人公というならば、最後に名乗りを挙げるまでは誰だかまったくわからないので、全員が主人公の資格を持つことになる。各登場人物は、それぞれは同等に内面描写が為されるので、全員に均等に焦点が当たり、同様に主人公である可能性を持った状態が各章最後まで続く。(一人称の性別による制限はあるかもしれないが。)


02..
この小説の文体について。
とにかくリズムが良い。
非常に速い。もたつくようなところがない。
短くて簡潔な文章。似たような意味のフレーズの繰り返しがまた、文体のリズムを強調する。
長い段落もひとつひとつは短い文から成っていて、それらの連なりのあとに、断定的な数文字から成る文、そして次にまた長い段落。というように、素早くシンプルな文を基本要素として、それらが緩急を持って連なったり、孤立して強調されたり、というような構成をしているために、途切れることなくスピード感が持続する。

次に、キャラクター。
登場人物は20人。
彼らは全員主人公の資格を持つ。
全部で4つある章のそれぞれにひとりずつ、このなかから語り手が選ばれてはいるが。
でも、描写の仕方は平等。語り手がわかるのは章の最後だし。(そのとき初めてその章が語り手の視点で編み直される。)
彼らがどのような人物なのか。
まあ20人もいるのでひとくくりには語れないけれど。
ただ、20人もいるわりにはほとんどが共感できる人たち、なのは何故だ。
彼らのしゃべり方? ものの考え方?
どうだろう。
少なくとも彼らの心中については、語り手を介している部分がある。
最初の時点では誰だかが不明な一人称の語り手による、二人称による語りで語られている。
この語り手は、他の登場人物のこころを語るという点で特権的な位置にいる。こころのなかもさることながら、時間的・空間的に離れていて知りようがないはずのことも、この語り手は語る。語り手は各章の多数の登場人物の複雑な絡み合いを、最終的な着地点から遡行して語る。語り手にだけは、この群像劇がどのように関係し合っているかがわかっている。そのような語りをしている。章を読み始めたときには誰が誰とどのようにつながっているのかがよくわからず、しかし既に着地点を知っている語り手に上手に誘導されて、読みが促進させられる。
当然のことながら(すべてを知っている語り手以外の)登場人物たちは、自分の未来を見通すことはできない。むしろほとんど未来が見えないまま(程度の差はあれ)もがき生きている、という感じ。語り手の存在は、そのように未来が見えない人々が、ある限定された時間のなかで奇妙に関係し合っていること、そうしてそのつながりにはたとえ当人たちが自覚しなくても、何らかの意味がある、ということを示す。
各章のなかで、各自の時間が同じ速さで流れていき、彼らのさまざまな行動を経て、着地点においてそれらがきれいにつながる。


03..
全体は四季に対応した4つの章で構成されている。
章にまたがって登場する人物もいるし、ひとつの章にしか出てこない人物もいる。
人間の登場人物の他に、この小説で重要な要素を占める存在として、猫がいる。
この小説の舞台は、東京、山手線圏内に対し南西の一体、目黒・五反田・品川近辺。
区でいうならば、目黒区、品川区、渋谷区、港区、大田区にまたがる地域。
この地域に住む猫たち、固有名をもって伝説として語られる大物を中心とした何百という猫が、小説の背景を成す。
この猫たちが裏の主人公たちだ。一方、猫たちを追う人間たちがいる。猫の数を数えることを競う、そういう世界がある。
各章の絡み合うプロットと、猫たち、そして猫の数を数える者たち。
小説はこの三層の重なりによって成っている。
同じ地域に、いってみれば異なる三つの世界が重なり合って存在しているように。
猫を数えるということは、隣り合わせになっているけど普段は不可視に隠れている違う世界を見る行為、だと思う。
それには特殊な目が必要なわけだけど、そのような目を持つものならば、隠れた猫たち、さらには彼らの知られざる歴史・伝説を見ることができる。
世界を異なるものとして読み替える能力。
それは世界を自分の側に引き寄せて、自分の領域を築きあげることができる能力のはず。
第4章“キャッター/キャッターズ”において、異なる境遇のふたりが異なるアプローチでそれぞれ、「猫を数える世界」を自分の居場所として見出したように。

地域の描写はかなり緻密。登場人物のうち自転車を主たる交通手段として用いているのはわずか1人ではあるけれど、この小説における舞台の描写は、自転車の視点のスケールに相当している。歩行者でも電車でも車でもなく。ちょうど自転車に合ったスケール。


04..
テーマ。文体。構成。キャラクター。
それぞれ、文句なし。
この小説は、自分向きだ。こころからそう思う。
現代小説でこれほどしっくりきたのは、ひさしぶりかも...もしかしたら初めてかもしれないぐらい。


特に、第2章。そして第4章。
第4章“キャッター/キャッターズ”。
オリエンタ。
リストラ担当の中間管理職。
その業務自体の是非は語られない。非情ではあるけれど、かといって誰もそれをやらないわけにもいかず。汚れ仕事。仮にそのような状況に追いやられたとき、状況のもたらす負荷のなかで、どのようにして生き残るか。
その手段。
それは猫を数えること。アーカイヴに蓄積していくこと。
そして...同業者を見出し、対決を繰り返していくこと。その戦いに生きること。
もっと言えば、それは見慣れた馴染みある世界を書き換える...自分の思うとおりのフレームで切り取り、再解釈すること。
それがサバイヴするための知恵だ。切実な。
しかしそれでもそうしてオリエンタは生き残る。彼は生きている。.....ここ! ここの部分が、泣ける。

第2章“ブルー/ブルース”。
ジャキ。
さすらいの料理人の流浪と、ジャキの自転車での大探索とが互いの意図を超えてリンクする。
水再生センターで。誤読されて。鯨を再生させる祈り
そしてシュガーの宣言。










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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell