“Kauas pilvet karkaavat”
Aki Kaurismäki, 1996
“街のあかり”ですっかり好きになったカウリスマキ。そもそも最初はこの“浮き雲”を見たかったのにDVDがずっと見つからなかったんだけど、幸運にも偶然遭遇して、ようやく見れた。
不況で失業してしまった夫婦ふたりが職を探そうと四苦八苦するけど、何もかもうまくいかなくて、でもがんばって生きていく姿を描いた話。同じく「敗者三部作」に含まれる“街のあかり”と同じで、次から次へと不遇に見舞われ、でも最後は希望を持たせる終わり方を迎える。
“街のあかり”と同じ構造を予想していたので、今度はわりとリラックスして見れた。(それでも、最後お客さん入るかなー?というところはかなりドキドキした。)
描写があっさりとしていて、余分な説明が一切なく、最小限の情報だけが提示される。
登場人物も、感情の起伏が顔にほとんど表れない。どんな状況でも笑顔も泣き顔もなくて、ほぼ無表情に見える。でもそこに実はきわめて微妙な表情の変化があることは観客にも認識できて、「ああまた失敗したんだな...」とか「あ、ちょっとうれしそう」みたいなことが明確にわかる。
この映画の演技・演出は、一見何もやってないみたいに見えるけど、だからこそものすごく高度。逆にこれを饒舌に描かれてたらたぶん入り込めなかったと思う。
そして登場人物たち、とくに主人公の夫婦ふたりが、すごく好きになれるキャラクター。ダメなところもあるけど、くじけずに状況を好転させようといろいろ試み続けるところとか。苦境でもお互いを大切に思っているところがあまりにもさりげなく優しい描写で表されていて。たとえば、片方が泥酔して帰宅しもう片方が面倒見る、というシーンが個別にあって、それぞれ台詞もないままに短くまとめられていたり。あるいは夫がボコボコにされて港に放置されてから再び帰宅するまでの顛末も、妻への気遣いや思いやりが行動の理由となっていて、そのあと、何も言わなかった夫に怒って出ていってしまった妻を迎えにいったときの「絶対許さない」「帰ろう」「いいわ」というやり取りもじわっとくる。
あと犬。犬がいつもいっしょにいる。職業紹介所へ夫婦で順番に入っていくときも、片方が戻ってきたらもう片方へ犬を預ける。それから最後のシーンにももちろん。
端的に言ってこの映画はとても地味な映画。淡泊だし、単調って思えるかも。華がなくてストーリーに起伏がなくて。絵がスタイリッシュってわけでもないし。そういうのは否定できないところ。
でもそれだけだったらさすがに途中で飽きてたかもしれないと思うけど、単に地味なだけじゃなくて何か引き込まれる魅力がそこかしこにあって、退屈に感じることはまったくなかった。
地味なのに魅力があるのは、街やその住人の程良い温もりを持った雰囲気もさることながら、主要な登場人物たちの人柄やその一挙一動にことごとく可笑しさと親しみを感じずにはいられないところに所以があって、だからどのシーン・どの瞬間も大切に保存しておきたくなるほどいとおしい。
そして一枚の静止画として保存してみたとしてもその魅力は残らないはずで、一連の所作・文脈を伴って初めて成り立つもの、と考えると結局この映画まるごと持っていたくなるんだけど、どうもDVDが廃盤らしいのが残念だ。また出るといいのに...。