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 カズオ・イシグロ “わたしを離さないで”

わたしを離さないで




“Never Let Me Go”
 2005
 Kazuo Ishiguro



 31歳になる女性の独白により綴られる小説。
 彼女は11年以上、介護人としてのキャリアを持っている。
 子供の頃の思い出から始まり、まわりの人々との交流を詳細に描きながら、現在の彼女へとたどり着く物語。



 この小説は、とても重い。
 小説内世界で実のところいったい何が起きているのか、まだ読んでいない人に対してその全容に触れる部分をほんの少したりとも明かしたくはないのだけれど、この本を読み始めた者は、しばらく経つと文の端々に何か異常を感じるようになるだろう。主人公の語りは核心に近付かず、わずかな手掛かりが散りばめられるだけだ。しかし彼女の独白は読み手を非常に惹きつける。各章ごとに、次章へとページを繰る手を止めさせない強い「引き」がある。世界の重要な秘密に関わる事柄が断片的に仄めかされていき、主人公が子供から大人へと成長して彼女自身、幼い頃には知らなかった知識を少しずつ積み重ねていくにつれて、読者もまた慄然とする事実に遭遇することになる。


 ここで語られていることは.....、字義通りに受け止めなくたって、ある種のメタファとして、限界状況における愛や生への意志といったものがテーマであると捉えてもよいのだろうけれども、やはりどうしても〈人権〉という概念について考えさせられてしまう。
 この小説のようなことは現実世界では起こらない、と安心してよいものだろうか?
 われわれはかつては残虐な歴史を持っていたが、今ではすくなくとも良い方向に向かっているはずだと断言できるのだろうか?
 だけど今現在の世界だって、アフリカを筆頭に、いや、人権概念が浸透してるはずの先進諸国においてですら、人間としての扱いを許されていない人々の例を容易に思いつくことができる。そしてこの小説から示されるのは、世界がより「進歩」するにつれて、逆に束縛される人々が生み出されていく可能性だ。
 事態を変えようと抗う人々もいて、それでも社会全体は揺るぎもせず、だけど当事者たちは前向きに、粛然と状況を受け入れて生きようとする。紛れもなく重い物語ではあるけれど、語りは常に明るさを持っていて、驚くほど絶望と無縁なものだった。












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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell