::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

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 “リミッツ・オブ・コントロール”






“THE LIMITS OF CONTROL”
 Director : Jim Jarmusch
 US, 2009


無情な大河を下りながら―
もはや船曳きの導きを感じなくなった
アルチュール・ランボー
Comme je descendais des Fleuves impassibles,
Je ne me sentis plus guidépar les haleurs...
Arthur Rimbaud





0.
 ジム・ジャームッシュ監督作品。
 舞台はスペイン。
 物語設定は曖昧にされていて、話の細かい背景にはまったく触れられていない。しかし主人公はどうやら殺し屋のようで、ある男を殺すことを依頼されてスペイン中をひとりで旅していく様子が描かれている。空港のラウンジで最初の依頼を受け、目的地へのヒントらしき暗号を提供してくれる人物たちと順番に会いながら、マドリードからアルメリア、サン・ホセ、そしてセビリアへと。
 主人公および彼が出会う協力者たちには、その行動に何か奇妙な約束事のようなものが定められているらしく、主人公がひとりでいるのに必ずエスプレッソを別々に二杯注文することとか、協力者は出会い頭に必ず「スペイン語を話すか?」と尋ねそれに対し主人公が否定で答えること、そしてその最後にはメッセージの入ったマッチ箱と空になったマッチ箱とを交換するといったことが、何度も繰り返される。それらの意味についてはまるで説明がないまま旅は続いていき、「映画は好きか?」とか「科学に興味はあるか?」とかを唐突に聞いてきたり教訓だか哲学かのような不可解なフレーズを饒舌に話してきたりする協力者たちと、表情もなく口数も少ない主人公との間の、掴みどころのないやり取りが展開される。
 どの人物もなかなか意味深なことを口にしているのだが、しかしそれらが緻密に構築された上での台詞なのか、あるいは単に多様な解釈を引き出させるためだけの台詞なのかについては、区別しがたい。全体を詳細に整理すれば何らかの意味やテーマを引き出すことはできそうなのだけど、それがおそらく人によってどうとでも変わるものになりそうにも思われる。たとえば、以前会った協力者のひとりが別の街で映画のポスターに描かれていることを目にし、直後に彼女本人がスーツの男たちにさらわれていく様子を目撃したり…… あるいは「ダイアモンドは女性の最良の友人だ」という言葉を聞いたあとで、エスプレッソのなかからダイアモンドの欠片らしきものを見つけたり…… そういった、明確な関連性が示されているのにその意味するところがはっきりしないという事柄が散りばめられている。
 最初に「想像力を使え」という台詞が出てきて、主人公は行程のなかでそれを実践することを意識しているように描かれている。また、その指示は同時に鑑賞者に向けられたものでもあるはずで、あからさまに暗示をもって配された事物に限らず、映画内にあるあらゆるものの間に好きなように関連性を見出すことが促されていると思う。
 この映画は明らかに鑑賞者の「解釈」を誘うつくりになっているのだけど、でもそれに応じて何かしらに意味を捻り出してテーマらしきものを組み立ててみるというのも…… それはそれで何か違っているような気もする。というのは「人生に意味などない」というフレーズも何回か出てくるので、意味を見出すことと想像力を解放させることは必ずしも同列のものとは扱われていないみたいだからだ。むしろこの映画を前に試されていることは、いかにして何も「解釈」しないように自制するかということなのではないか?……なんてことを思ってしまったりするんだけど、そのように思うこともまたひとつの解釈行為だという気はしなくもない。



1.
 それにしても何とも要約しがたい映画だと思う。
 しかし要約しがたいというのはテーマやストーリーという面についてであって、単にこの映画をひとことで表現するというならそれは簡単なこと。「一人旅映画」というような言葉が最適だと思う。それはタルコフスキーによる“ストーカー”という映画が、すごく難解だとされている一方で「散歩映画」とか「ピクニック映画」とかいう風にも呼ばれているのと同じニュアンスで言っているのだけども。
 この映画には、ひとりで旅を続けていくという体験がとてもよく表されている。
 まず、現代の主要な交通手段が網羅されていること。飛行機、長距離高速列車、ローカルな急行列車、車。それぞれの旅の特徴がよく表れている。機内・車内の様子や、空港や駅を歩き抜ける際の雰囲気。列車の扉が開いて新たな駅へ降り立つときの一連の所作。エスカレータやトラベレータでの移動。そして空港から市内へ行くタクシーから見る景色が、空港近辺の殺風景な眺めから、中心部の緑豊かな古い街並へと徐々に移り変わっていき、タクシーのスピードがゆっくりになって噴水のあるロータリーが迎えてくれるまでのシークェンス。あー、初めて知らない都市に降り立ったときって、こんな感じだよな...って思わされる。主人公がひとりであって、台詞もなくただ鋭く景色に眼をやっていることで、何にも妨げられない鑑賞者の追体験を容易にしている。
 途中、宿泊地はたしか3箇所だったと思うんだけど、部屋もそれぞれ個性的だし、窓からの眺めだとか街そのものの感じが場所ごとに違っていて、見てる方としてはすっかり観光気分…… しかし何より感嘆させられるのは、街の空気が直に伝わってくることで、そう書くと単なる修辞みたいに見えてしまうかもしれないけど、ただ普通に撮ってるだけでは絶対こうならないって思う。おそらく光の扱われ方がポイントだという気がするのだが……。とくに、どこだったか坂の多い街での、朝の光が街路の壁に射しているシーンの迫真性は、尋常じゃなかった。
 また、旅という体験がよく表現されているということの他に、どのシーンも絵として非常にかっこよく撮られているということも記しておきたい。
 そうそう、忘れてはいけないのは、音楽の使い方。役者たちの動作、カメラワーク、音楽の組み合わせは全体を通して隙がない。なかでも、中盤でひとつのクライマックスを成すフラメンコのシーンはその極致をいっていた。あるフラメンコクラブで、店を閉めて練習がおこなわれているところになぜか主人公が入り込んでそれを鑑賞するというシーンなのだけど、練習なので伴奏が遅くなったりして一定でないにもかかわらずダンサーの動きが完璧に音に併せていて、なおかつカット割りによってその動きが最大限に強調されている。ボーカル、ギター、ダンサー。黒い衣装、黒い暗幕。イレギュラーなテンポのもとで、それらが一糸乱れず融合されているその風景。








official: http://loc-movie.jp/
IMDb: http://www.imdb.com/title/tt1135092/








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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell