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 コニー・ウィリス “航路”




“PASSAGE”
 2001
 Connie Willis
 ISBN:4789719332, ISBN:4789719340



航路(上)

航路(上)

航路(下)

航路(下)








 「臨死体験」をテーマにした小説。
 と言っても、宗教的・神秘主義的なアプローチで書かれたものではない。
 主人公は認知心理学者のジョアンナ。臨死体験を科学的に解明しようとして、病院内で患者への臨床調査を続けている。
 一方、彼女に対置されるキャラクターとして、臨死体験を宗教的な超常現象として説明付けるジャーナリストが登場するのだが、ジョアンナとはまったく相容れない。冒頭からしばらくの間はそのような考え方に対するジョアンナの辟易と反感の描写に費やされ、これこそ死後の生が実在する証明に他ならないとして持ち出される事例がことごとく否定されていく。
 ジョアンナが求めるのはあくまでも、臨死体験を脳神経活動のメカニズムのなかで説明すること。彼女は神経内科医のリチャードと組んで、臨死体験を人為的に起こす実験プロジェクトを始める。これにより、臨死体験中の脳状態をスキャンし、被験者の報告を詳細に聞き取ることで、身体と精神にいったい何が生じているのかを明らかにしようというのだ。ふたりが考える仮説は、臨死体験とは、生命の危機に見舞われた身体がそこから脱するために発揮する何らかの機能に伴われるものではないかというもの。被験ボランティアたちに生じるさまざまなトラブルが一向に解消されないため、ジョアンナは自分自身を被験者としてプロジェクトを進行させる。彼女はそこで、臨死体験者たちが高い頻度で報告する「暗いトンネル」を自ら体験し、何度目かの実験の際、ついにトンネルの先へ到達することに成功する。


 ……あらすじとしてはそんな感じ。だけどここまではまだどちらかというと序盤にすぎない。
 この小説の特徴は「そのトンネルの向こうにはいったい何があるのか」というように先を気にさせるフックの強さと、その答が実際に示されたときの意外性との組み合わせが、交互に繰り返し続いていくことにある。たとえるならRPGで、「次の中ボスを倒したら今日は終わりにしよう」とか「このダンジョンをクリアしたら終わりにしよう」とか思ってても、いざダンジョンの最深部にたどり着いて中ボスを倒すと、そのあとに開けた新天地がまた気になる要素にあふれていて、「じゃあちょっと次の街をひととおり見てから終わりにしようかな……」と思ってるとさらにもっと興味深いイベントが発生してなかなかやめられない──っていうのに似てる。上下巻に分かれてけっこうなボリュームがあるのに、各章末尾での「引き」の取り方が効果的で、読み手をいつまでも離さない。臨死体験に身を投じるジョアンナの視点と読み手の視点がちょうどうまく重なるように書かれていて、読んでいるときに当然感じたり疑問に思ったりするようなことは小説内のジョアンナもほぼ同じように考えていることが示される。つまり読者より賢すぎるわけでもなく愚かすぎるわけでもなく、まったく同じような目線を持っている。
 臨死体験というものについては、それが科学的に説明付けられるものであろうと超自然的にしか説明できないものであろうと、ひとつだけはっきりしていることがある。
 それは、体験内容自体は当の本人にしかわからないということだ。
 たとえ高性能の脳スキャン装置や諸々の医学的モニタを使ったとしても、外部からわかるのは身体がどういう状態にあるかということまでであって、そのとき何が体験されているかまではわからない。だからこそ臨死体験者へのヒアリングがおこなわれたり、ジョアンナが自らそれを体験してみたくなったりするわけだ。この小説の書き方が、臨死体験を読者の目線で体験させるようなものになっている理由もそこにある。



(以下、ラストのネタバレ含む)



 この小説は基本的に臨死体験を自然科学のスタンスから扱ってはいるのだけれども、最終的にはそうとはっきり断言できないような、あやふやで、両義的な解釈が可能な地点にたどり着く。これは本当に単なる脳活動の一環なのか、あるいはそうではないのか……?という疑問が、明確な答が書かれないまま最後のページに刻まれている。
 そこで起こっていることは、脳細胞が次々と壊滅し完全な死へ向かっている途中の極小時間内で、体験の密度が異常に増加しているというような状態だ。いつまでたってもクリティカルな点に到達することなく、極小のはずの時間のなかで膨大な物事が体験されるという構図は、漸近線のグラフをイメージさせる。そしてここでこの漸近線の端部こそは〈死〉の位置であると同時に、小説の末尾の位置でもあるのだ。
 だからこの小説の最終ページは、すぐそこに末尾が控えていて小説も登場人物の生も終わりを迎えることが明らかであるにもかかわらず、そのわずかな時間のなかに〈無限〉が詰め込まれているようなものとして感じられる。
 小説の構造として、非常に巧緻なものだと思う。















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―Angela Mitchell